・・・僕は明けがたの夢の中に島木さんの葬式に参列し、大勢の人人と歌を作ったりした。「まなこつぶらに腰太き柿の村びと今はあらずも」――これだけは夢の覚めた後もはっきりと記憶に残っていた。上の五文字は忘れたのではない。恐らくは作らずにしまったのであろ・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・ 僕の母の葬式の出た日、僕の姉は位牌を持ち、僕はその後ろに香炉を持ち二人とも人力車に乗って行った。僕は時々居睡りをし、はっと思って目を醒ます拍子に危く香炉を落しそうにする。けれども谷中へは中々来ない。可也長い葬列はいつも秋晴れの東京の町・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・すると低い松の生えた向うに、――恐らくは古い街道に葬式が一列通るのをみつけた。白張りの提灯や竜燈はその中に加わってはいないらしかった。が、金銀の造花の蓮は静かに輿の前後に揺いで行った。…… やっと僕の家へ帰った後、僕は妻子や催眠薬の力に・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・幼児に死を知らせる事は無益であるばかりでなく有害だ。葬式の時は女中をお前たちにつけて楽しく一日を過ごさして貰いたい。そうお前たちの母上は書いている。「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」 とも詠じている。 母上が亡・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 何にいたしましても、来るものも娶るものも亡くなりましたのは、こりゃ葬式が出ましたから事実なんで。 さあ、どんづまりのその女郎が殺されましてからは、怪我にもゆき人がございません、これはまた無いはずでございましょう。 そうすると一・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・自分はしようことなしに、よろしく頼むといってはいるものの、ただ見る眠ってるように、花のごとく美しく寝ているこの子の前で、葬式の話をするのは情けなくてたまらなかった。投げ出してるわが子の足に自分の手を添えその足をわが顔へひしと押し当てて横顔に・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・死後八カ月を過ぎて葬式が行われたんや。」「して、大石のからだはあったんか?」「あったとも、君――後で収容当時の様子を聴いて見ると、僕等が飛び出した川からピー堡塁に至る間に、『伏せ』の構えで死んどるもんもあったり、土中に埋って片手や片・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 人々は寄り集まって、牛女の葬式を出して、墓地にうずめてやりました。そして、後に残った子供を、みんながめんどうを見て育ててやることになりました。 子供は、ここの家から、かしこの家へというふうに移り変わって、だんだん月日とともに大きく・・・ 小川未明 「牛女」
・・・良吉は文雄のお葬式のときにも泣いてついてゆきました。それからというものは、彼は毎日のように暇さえあればお寺の墓地へいって、文雄の墓の前にすわって、ちょうど生きている友だちに向かって話すと同じように語りました。「君、さびしいだろうと思って・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・ * * * 越えて二日目、葬式は盛んに営まれて、喪主に立った若後家のお光の姿はいかに人々の哀れを引いたろう。会葬者の中には無論金之助もいたし、お仙親子も手伝いに来ていたのである。 で、葬式の済むまで・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫