・・・クララの番が来て祭壇の後ろのアプスに行くと、フランシスはただ一人獣色といわれる樺色の百姓服を着て、繩の帯を結んで、胸の前に組んだ手を見入るように首を下げて、壁添いの腰かけにかけていた。クララを見ると手まねで自分の前にある椅子に坐れと指した。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 同時に真直に立った足許に、なめし皮の樺色の靴、宿を欺くため座敷を抜けて持って入ったのが、向うむきに揃っていたので、立花は頭から悚然とした。 靴が左から……ト一ツ留って、右がその後から……ト前へ越すと、左がちょい、右がちょい。 ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・残らず、薄樺色の笠を逆に、白い軸を立てて、真中ごろのが、じいじい音を立てると、……青い錆が茸の声のように浮いて動く。(魚断、菜断、穀断と、茶断、塩断……こうなりゃ鯱立 と、主人が、どたりと寝て、両脚を大の字に開くと、(あ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・魴ほうぼうの鰭は虹を刻み、飯鮹の紫は五つばかり、断れた雲のようにふらふらする……こち、めばる、青、鼠、樺色のその小魚の色に照映えて、黄なる蕈は美しかった。 山国に育ったから、学問の上の知識はないが……蕈の名の十やら十五は知っている。が、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・軸白くして薄紅の色さしたると、樺色なると、また黄なると、三ツ五ツはあらむ、芝茸はわれ取って捨てぬ。最も数多く獲たるは紅茸なり。 こは山蔭の土の色鼠に、朽葉黒かりし小暗きなかに、まわり一抱もありたらむ榎の株を取巻きて濡色の紅したたるばかり・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・国家計画部は…… 樺色の上着の肩で音波を切りながらドンドン歩いて行って監督は赤布で飾られた舞台のすぐ下第一列へ日本女を待たせ、わきの扉の方から椅子をもって来てくれた。 こんなに遅れて来たのは日本女ひとりである。舞台の赤布をかけた長テ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・根こぎにされたまま、七八尺あるその野生の躑躅は活々樺色の花をつけていた。 真先に詮吉が東京へ帰った。なほ子もやがて立つことになったが、単調な山の中に半月もいて、同じような郊外の家へ帰るのは如何にも詰らなかった。真直に夜の東京の中心に・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・いくつも同じような樺色の平凡な戸が廊下に向って並んでいる。一つの戸は内部に入れこになっている一つ以上の世帯を意味している。一等はずれの戸が少しあいてそこから蓄音機の音がした。そこを入り日本女は石油コンロか何かのガラス瓶、玉ネギなどののっかっ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・と思って見ると、なるほど、礬土の管が五本並んで、下の端だけ樺色に燃えている。しかしその火の光は煖炉の前の半畳敷程の床を黄いろに照しているだけである。それと室内の青白いような薄明りとは違うらしい。小川は兎に角電燈を附けようと思って、体を半分起・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫