・・・一度びは猛き心に天主をも屠る勢であった寄手の、何にひるんでか蒼然たる夜の色と共に城門の外へなだれながら吐き出される。搏つ音の絶えたるは一時の間か。暫らくは鳴りも静まる。 日は暮れ果てて黒き夜の一寸の隙間なく人馬を蔽う中に、砕くる波の音が・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・で古色蒼然としていて実に安い掘出し物だ。しかし為替が来なくっては本も買えん、少々閉口するな、そのうち来るだろうから心配する事も入るまい、……ゴンゴンゴンそら鳴った。第一の銅鑼だ、これから起きて仕度をすると第二の「ゴング」が鳴る。そこでノソノ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・そうして月は、その花々の先端の縮れた羊のような皺を眺めながら、蒼然として海の方へ渡っていった。 そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園丁のように花の中を歩き廻った。湿った芝生に抱かれた池の中で、一本の噴水が月光を散らしながら周囲・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫