・・・赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが、その中に、五、六本、ブリキの銀笛があったのは蓋し、原君の推奨によって買ったものらしい。景品の説明は、いいかげんにしてやめるが、もう一つ書・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ 手を当てると冷かった、光が隠れて、掌に包まれたのは襟飾の小さな宝石、時に別に手首を伝い、雪のカウスに、ちらちらと樹の間から射す月の影、露の溢れたかと輝いたのは、蓋し手釦の玉である。不思議と左を見詰めると、この飾もまた、光を放って、腕を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 乏しい様子が、燐寸ばかりも、等閑になし得ない道理は解めるが、焚残りの軸を何にしよう…… 蓋し、この年配ごろの人数には漏れない、判官贔屓が、その古跡を、取散らすまい、犯すまいとしたのであった――「この松の事だろうか……」 ―・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・という音読法を用いる。蓋し僕には観音経の文句――なお一層適切に云えば文句の調子――そのものが難有いのであって、その現してある文句が何事を意味しようとも、そんな事には少しも関係を有たぬのである。この故に観音経を誦するもあえて箇中の真意を闡明し・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 大な蝦蟆とでもあろう事か、革鞄の吐出した第一幕が、旅行案内ばかりでは桟敷で飲むような気はしない、が蓋しそれは僭上の沙汰で。「まず、飲もう。」 その気で、席へ腰を掛直すと、口を抜こうとした酒の香より、はッと面を打った、懐しく床し・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・の椅子に直って、そして手を合せて小間使を拝んだので、一行が白け渡ったのまで見て知っている位であるから、この間のこの茶店における会合は、娘と婆さんとには不意に顔の合っただけであるけれども、判事に取っては蓋し不思議のめぐりあいであった。 か・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ ああ、一翳の雲もないのに、緑紫紅の旗の影が、ぱっと空を蔽うまで、花やかに目に飜った、と見ると颯と近づいて、眉に近い樹々の枝に色鳥の種々の影に映った。 蓋し劇場に向って、高く翳した手の指環の、玉の矜の幻影である。 紫玉は、瞳を返・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・これ蓋し狂者の挙動なればとて、公判廷より許されし、良人を殺せし貞婦にして、旅店の主翁はその伯父なり。 されど室内に立入りて、その面を見んとせらるるとも、主翁は頑として肯ぜざるべし。諸君涙あらば強うるなかれ。いかんとなれば、狂せるお貞は爾・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 文字は蓋し左のごときものにてありし。お通に申残し参らせ候、御身と近藤重隆殿とは許婚に有之候然るに御身は殊の外彼の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女ながらも其由のいい聞け難くて、臨終の際まで黙し候さ候えども、一・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・三町は蓋し遠い道ではないが、身体も精神も共に太く疲れて居たからで。 しかしそのまま素直に立ってるのが、余り辛かったから又た歩いた。 路の両側しばらくのあいだ、人家が断えては続いたが、いずれも寝静まって、白けた藁屋の中に、何家も何家も・・・ 泉鏡花 「星あかり」
出典:青空文庫