・・・私を憎み、私を蔑みながら、それでも猶私を怖がっている。成程私が私自身を頼みにするのだったら、あの人が必ず、来るとは云われないだろう。が、私はあの人を頼みにしている。あの人の利己心を頼みにしている。いや、利己心が起させる卑しい恐怖を頼みにして・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。恥しさ、悲しさ、腹立たしさ、――その時のわたしの心の中は、何と云えば好いかわかりません。わたしはよろよろ立ち上りながら、夫の側へ近寄りました。「あなた。もうこうなった上は、あなたと御・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・が、それも新蔵が委細を聞いた後になって、そう云う恐しい事をする女かと、嫌いもし蔑みもしそうでしたから、いよいよ泰さんの所へ駈けつけるまでには、どのくらい思い迷ったか、知れないほどだったと云う事でした。 お敏はこう話し終ると、またいつもの・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・その弁ずるのが都会における私ども、なかま、なかまと申して私などは、ものの数でもないのですが、立派な、画の画伯方の名を呼んで、片端から、奴がと苦り、あれめ、と蔑み、小僧、と呵々と笑います。 私は五六尺飛退って叩頭をしました。「汽車の時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
出典:青空文庫