・・・その評論家の揶揄を受けたのは、――兎に角あらゆる先覚者は常に薄命に甘んじなければならぬ。 制限 天才もそれぞれ乗り越え難い或制限に拘束されている。その制限を発見することは多少の寂しさを与えぬこともない。が、それはいつの間・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・威名八州を振ふを得ん 沼藺残燈影裡刀光閃めく 修羅闘一場を現出す 死後の座は金きんかんたんを分ち 生前の手は紫鴛鴦を繍ふ月げつちん秋水珠を留める涙 花は落ちて春山土亦香ばし 非命須らく薄命に非ざるを知るべし 夜台長く有情郎に・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・私にはずいぶん気に入りの子なのだが、薄命に違いないだろうという気は始終していた。私は都会の寒空に慄えながら、ずいぶん彼女たちのことを思ったのだが、いっしょに暮すことができなかったので、私は雪おんなの子を抱いてやるとその人は死ぬという郷里の伝・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・この薄命な、しかしねばり強い人が、どれほどのこの世の辛酸を経たあとで、今の静かな生活にはいったか、私もそうくわしいことを知らない。かつみさんは、私の子供たちを見に来たいと思いながら今までそのおりもなかったこと、ようやく青山の姪に連れられて来・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・またその薄命と無残の最後に同情の涙を濺がぬ者はあるまい。ジェーンは義父と所天の野心のために十八年の春秋を罪なくして惜気もなく刑場に売った。蹂み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至るまで史を繙く者をゆかしがらせる。希臘語を解し・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫