・・・それから多少彼を憚るような、薄笑いを含んだ調子で、怯ず怯ず話の後を続けた。「その方がどうかなってくれなくっちゃ、何かに私だって気がひけるわ。私があの時何した株なんぞも、みんな今度は下ってしまったし、――」「よし、よし、万事呑みこんだ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・しかしどうも世の中はうっかり感心も出来ません、二三歩先に立った宿の主人は眼鏡越しに我々を振り返ると、いつか薄笑いを浮かべているのです。「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」 我々はそれから「き・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 譚は何か思い出したように少時口を噤んだまま、薄笑いばかり浮かべていた。が、やがて巻煙草を投げると、真面目にこう言う相談をしかけた。「嶽麓には湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」「う・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・長谷川は保吉の後ろの机に試験の答案を調べかけたなり、額の禿げ上った顔中に当惑そうな薄笑いを漲らせていた。「こりゃ怪しからん。僕の発見は長谷川君を大いに幸福にしているはずじゃないか?――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」「・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・ 俊寛様は薄笑いと一しょに、ちょいと頷いて御見せになりました。「抱いていた児も少将の胤じゃよ。」「なるほど、そう伺って見れば、こう云う辺土にも似合わない、美しい顔をして居りました。」「何、美しい顔をしていた? 美しい顔とはど・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・が、緑雨のスッキリした骨と皮の身体つき、ギロリとした眼つき、絶間ない唇辺の薄笑い、惣てが警句に調和していた。何の事はない、緑雨の風、人品、音声、表情など一切がメスのように鋭どいキビキビした緑雨の警句そのままの具象化であった。 私が緑雨を・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と寂しい薄笑いをする。「はばかりさま! そんな私じゃありませんよ」と女はむきになって言ったが、そのまま何やらジッと考え込んでしまった。 男はわざと元気よく、「そんなら俺も安心だ、お前とこの新さんとはまんざら知らねえ中でもねえし、これ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。 男は、五年の懲役を求刑されたよりも、みじめな思いをした。男の罪名は、結婚詐欺であった。不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日で・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・新内いよいよ気をゆるし、頬杖ついて、茶わんむしがいいなと応え、黒眼鏡の奥の眼が、ちろちろ薄笑いして、いまは頗る得意げであった。さて、新内さん。あなたというお人は、根からの芸人ではあるまい。なにかしら自信ありげの態度じゃないか。いずれは、ゆい・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・にやにや薄笑いしていい加減の合槌をうつのは、やめて下さい。――なあんてね。きょうは会社に出勤、忘年会とか、いちいち社員から会費を集めている。酒盛り。ぼくは酒ぐせ悪いとの理由で、禁酒を命じられ、つまらないので、三時間位、白い壁の天井を眺めなが・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫