・・・この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷ばかりの部屋が座敷をも兼帯していて緑雨の客もこの座敷へ通し、外に定った書斎らしい室がなかったようだ。こんな長屋に親の厄介となって・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・深刻なモラールやフィロソフィーなどの薬味がきき過ぎて、大いに考えさせられたりひどく感心させられたりするようだと、大脳皮質のよけいな部分の活動に牽制されて、泣くことの純粋さがそこなわれることになる。そうした芸術的に高等な芝居が、生理的享楽のた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ オテルドリューロプで昼食をくう。薬味のさまざまに多いライスカレーをくって氷で冷やしたみかん水をのんで、かすかな電扇のうなり声を聞きながら、白服ばかりの男女の外国人の客を見渡していると、頭の中がぼうとして来て、真夏の昼寝の夢のような気が・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・はっきりとした判断のよりどころというものを持っていないのであるが、漠然この現実とブルジョア文学だけではあきたらぬ心持を托して読むのであるから、一方からいうとプロレタリア文学は今日些細なプロレタリア風な薬味を実は添えているだけであっても、読者・・・ 宮本百合子 「プロ文学の中間報告」
・・・皆の服にブラッシをかけ、サモワールを沸かし、家じゅうの煖炉に薪を運んでおいて、食卓用の薬味入れを磨く。これだけが家での用事であった。店では床磨き、掃除、お茶の用意、お得意への品物配達、昼飯を家から運んで来ること。これらの仕事が、玄関番の役の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫