・・・「ところが外へ出て見ると、その晩はちょうど弥勒寺橋の近くに、薬師の縁日が立っている。だから二つ目の往来は、いくら寒い時分でも、押し合わないばかりの人通りだ。これはお蓮の跡をつけるには、都合が好かったのに違いない。牧野がすぐ後を歩きながら・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ その日はもう夏の来るのに間のない時であったそうで気ままなその人は夏の来るのがあまりおそいと申してのう、腹立ちまぎれに薬師に申しつけて三日三小夜眠りつづける薬をつくらせてそれをのむなりまるで息をせいで深く眠りこんでしまいましたのじゃ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 彼は又、薬師経を枕元で読ませて居た時、軍くびら大将とよみあげたのを、我を縊ると読みあげたと勘違いして卒倒した男だ。 笑い出すとだらしなくはめを脱した事。横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさん・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
出典:青空文庫