・・・町はずれを、蒼空へ突出た、青い薬研の底かと見るのに、きらきらと眩い水銀を湛えたのは湖の尖端である。 あのあたり、あの空…… と思うのに――雲はなくて、蓮田、水田、畠を掛けて、むくむくと列を造る、あの雲の峰は、海から湧いて地平線上を押・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……榎は榎、大楠、老樫、森々と暗く聳えて、瑠璃、瑪瑙の盤、また薬研が幾つも並んだように、蟠った樹の根の脈々、巌の底、青い小石一つの、その下からも、むくむくとも噴出さず、ちろちろちろちろと銀の鈴の舞うように湧いています。不躾ですが、御手洗で清・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ ここは、切立というほどではないが、巌組みの径が嶮しく、砕いた薬研の底を上る、涸れた滝の痕に似て、草土手の小高い処で、るいるいと墓が並び、傾き、また倒れたのがある。 上り切った卵塔の一劃、高い処に、裏山の峯を抽いて繁ったのが、例の高・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫