・・・ 御徒目付はまた、それを蘇鉄の間へつれて行って、大目付始め御目付衆立ち合いの上で、刃傷の仔細を問い質した。が、男は、物々しい殿中の騒ぎを、茫然と眺めるばかりで、更に答えらしい答えをしない。偶々口を開けば、ただ時鳥の事を云う。そうして、そ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・その日は夏の晴天で、脂臭い蘇鉄のにおいが寺の庭に充満しているころだったが、例の急な石段を登って、山の上へ出てみると、ほとんど意外だったくらい、あの大理石の墓がくだらなく見えた。どうも貧弱で、いやに小さくまとまっていて、その上またはなはだ軽佻・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・ スウィートピイは、蘇鉄の真似をしたがる。鉄のサラリイマンを思う。片方は糸で修繕した鉄ぶちの眼がねをかけ、スナップ三つあまくなった革のカバンを膝に乗せ、電車で、多少の猫背つかって、二日すらない顎の下のひげを手さぐり雨の巷を、ぼんやり見て・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・丁度四歳の初冬の或る夕方、私は松や蘇鉄や芭蕉なぞに其の年の霜よけを為し終えた植木屋の安が、一面に白く乾いた茸の黴び着いている井戸側を取破しているのを見た。これも恐ろしい数ある記念の一つである。蟻、やすで、むかで、げじげじ、みみず、小蛇、地蟲・・・ 永井荷風 「狐」
・・・今考えるとほとんどその時に見た堺の記憶と云うものはありませんが、何でも妙国寺と云うお寺へ行って蘇鉄を探したように覚えております。それからその御寺の傍に小刀や庖丁を売る店があって記念のためちょっとした刃物をそこで求めたようにも覚えています。そ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・今日の日本の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なとこ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫