・・・酒色を好まず、出たらめを云わず、身を処するに清白なる事、僕などとは雲泥の差なり。同室同級の藤岡蔵六も、やはり謹厳の士なりしが、これは謹厳すぎる憾なきにあらず。「待合のフンクティオネンは何だね?」などと屡僕を困らせしものはこの藤岡蔵六なり。藤・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・胡蘿蔔を繊に松葉をさしても、形は似ます。指で挟んだ唐辛子でも構わない。――」 と、たそがれの立籠めて一際漆のような板敷を、お米の白い足袋の伝う時、唆かして口説いた。北辰妙見菩薩を拝んで、客殿へ退く間であったが。 水をたっぷりと注して・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・しかのみならず、大根の文字は俗なるゆえ、これに代るに蘿蔔の字を用いんという者あり。なるほど、細根大根を漢音に読み細根大根といわば、口調も悪しく字面もおかしくして、漢学先生の御意にはかなうまじといえども、八百屋の書付に蘿蔔一束価十有幾銭と書き・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫