・・・日蔭はどこだって朝から暗うございまする、どうせあんな萌の糸瓜のような大きな鼻の生えます処でございますもの、うっかり入ろうものなら、蚯蚓の天上するのに出ッくわして、目をまわしませんければなりますまいではございませんか。」と、何か激したことのあ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 宗吉はわざと格子戸をそれて、蚯蚓の這うように台所から、密と妾宅へおとずれて、家主の手から剃刀を取った。 間を隔てた座敷に、艶やかな影が気勢に映って、香水の薫は、つとはしり下にも薫った。が、寂寞していた。 露路の長屋の赤い燈に、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ますまい、それですのにちょいちょいお見えなさいまする、どのお客様も、お止し遊ばせば可いのに、お妖怪と云えば先方で怖がります、田舎の意気地無しばかり、俺は蟒蛇に呑まれて天窓が兀げたから湯治に来たの、狐に蚯蚓を食わされて、それがためお肚を痛めた・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・うな奴サ、第二は曲線的有則螺線サ、これはつまり第一の奴をまげたのと同じことサ、第三は級数的螺線サ、これは螺線のマワリが段々と大きくなる奴サ、第四は不規則螺線サ、此奴が実にむずかしいのだ、メチャメチャに蚯蚓の搦み合たようの奴だ、まだこの外に大・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・此鉤に種々の餌を付けて置くので、其餌には蚯蚓や沙蚕も用いる、芋なども用いるが、其他に「ゴソッカイ」だの「エージンボー」だのという、陸にばかり居る人は名も知らないようなものがある。 それから又釣をして居る人もある。季節にもよるが、鰻を釣る・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ 少年の用いていた餌はけだし自分で掘取ったらしい蚯蚓であったから、聊かその不利なことが気の毒に感じられた。で、自分の餌桶を指示して、 この餌を御使いよ、それでは魚の中りが遠いだろうから。 少年は遠慮した様子をちょっと見せたが、そ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・しかし、例えば蚯蚓の研究所で鯨の研究をやりたいといったような場合には、ともかくも一応上長官の諒解を得るために、その研究の結果がその研究の目的に直接適合する所以を説明して許可を得るのが穏当である。上長官がよほどの人でない限りあまり勝手な事は許・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ 少し唐突ではあるが地球上における蚯蚓の分布を調べた学者の研究の結果によると、ある種の蚯蚓は、東は日本から海を越えて大陸に、欧亜大陸を横断して西はスペインの果てまで広がり、さらに驚くべき事には大西洋を渡って北米合衆国の東部にまでも分布さ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・それには私の過去の道筋で拾い集めて来たあらゆる宝石や土塊や草花や昆虫や、たとえそれが蚯蚓や蛆虫であろうとも一切のものを「現在の鍋」に打ち込んで煮詰めてみようと思っている。それには古人が残してくれた色々な香料や試薬も注いでみようと思っている。・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・お隣の華族様も最う大分地獄馴れて蚯蚓の小便の味も覚えられたであろう。淋しいのは少しも苦にならないけれど、人が来ないので世上の様子がさっぱり分らないには困る。友だちは何として居るかしらッ。小つまは勤めて居るなら最う善いかげんの婆さんになったろ・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫