・・・左手には溪の向こうを夜空を劃って爬虫の背のような尾根が蜿蜒と匍っている。黒ぐろとした杉林がパノラマのように廻って私の行手を深い闇で包んでしまっている。その前景のなかへ、右手からも杉山が傾きかかる。この山に沿って街道がゆく。行手は如何ともする・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・中川は四十九曲りといわれるほど蜿蜒屈曲して流れる川で、西袋は丁度西の方、即ち江戸の方面へ屈曲し込んで、それからまた東の方へ転じながら南へ行くところで、西へ入って袋の如くになっているから西袋という称も生じたのであろう。水は湾わんわんと曲り込ん・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・たり鸚鵡の洲、対岸には黄鶴楼の聳えるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山の高峰眼下にあり、麓には水漫々の月湖ひろがり、更に北方には漢水蜿蜒と天際に流れ、東洋のヴェニス一眸の中・・・ 太宰治 「竹青」
・・・その向こうには紫色がかった高い山が蜿蜒としている。砲声はそこから来る。 五輛の車は行ってしまった。 渠はまた一人取り残された。海城から東煙台、甘泉堡、この次の兵站部所在地は新台子といって、まだ一里くらいある。そこまで行かなければ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・にあるすべては、それらの問題をわりきってしまった者として生きる作家としての自分、などという風な高邁な気風に立って、蜿蜒としてよこたわる中産階級の崩壊の過程と人間変革のテーマを扱う能力は文学的にないし、人間的にない。わたしは、これから担ぎ出し・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ある会があって、お濠端の前の建物のバルコンから、その下に蜿蜒と進行する灯の行列を眺め「勝たずば生きてかえらじと」の節の楽隊をきいた。あとになって銀座へ出たら、その提灯行列のながれが、灯った提灯をふりかざしながら幾人も歩いていて、どれも背広姿・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・列は改札口にぎっしりつまって構内から溢れ、蜿蜒と道路を流れて山下の永藤パンの前まで続いた日があったそうだ。何とも云えない光景だったとそれをみた人が印象をつたえた。予定した汽車に乗れないどころか、いつの汽車にのれるか当もないのに、しかし列をは・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫