・・・ 詩が内容の上にも形式の上にも長い間の因襲を蝉脱して自由を求め、用語を現代日常の言葉から選ぼうとした新らしい努力に対しても、むろん私は反対すべき何の理由ももたなかった。「むろんそうあるべきである」そう私は心に思った。しかしそれを口に出し・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・一九〇九年型の女優が一九三四年式のぴちぴちした近代娘に蝉脱した瞬間のスリルがおそらくこの作者の一番の狙いどころではないかと思われる。その後の余波となるべき裁判所の場面もちょっと面白い。証拠物件に蝋管蓄音機が持出されたのに対して検事が違法だと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・セメントの新道路を逍遥して新しき時代の深川を見る時、おくれ走せながら、わたくしもまた旧時代の審美観から蝉脱すべき時の来った事を悟らなければならないような心持もするのである。 木場の町にはむかしのままの堀割が残っているが、西洋文字の符号を・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・思想じゃ人生の意義は解らんという結論までにゃ疾くに達しているくせに、まだまだ思想に未練を残して、やはり其から蝉脱することが出来ずに居るのが今の有様だ。文学が精神的の人物の活動だというが、その「精神」が何となく有り難く見えるのは、その余弊を受・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・身辺小説、私小説からの蝉脱の課題がおこった当時は、文学作品の単行本がちっとも売れないという顕著な現象を一方に伴っていた。今日では、単行本の売れゆきは激しくて、インフレーションをおこしている一方に、そもそも文学とはどういうものなのだろうかとい・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ ところで、一般に今日そういう気運が醸し出されているとして、そう云いそれを行う作家たちは、いかなロマンチストでも簡単に自己蝉脱は出来ないのであるから、或る意味ではやはり元の作家A・B・C氏であることは避け難い現実としなければならない。そ・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
出典:青空文庫