・・・私の左の足は、踝の処で、釘の抜けた蝶番見たいになっていたのだ。「お前は、そんな事を云うから治療費だって貰えないんだぞ。それに俺に食ってかかったって、仕方がないじゃないか、な、ちゃんと嘆願さえすれば、船長だって涙金位寄越さないものでもない・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・中野重治の「蝶番い」「根」「鉄の話」黒島伝治の「橇」その他、これらの作品はそれぞれ歴史的な意味を持った。当時のこの文学運動の特徴は、職業的な作家が外から大衆の生活を描こうとしたのではなくて、大衆の生活そのものの中から自身の生活のみのりとして・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・この卓子の横に、蝶番で倒れる、火のし台をつける。冷蔵庫、野菜貯蔵箱などは、解り切った必要品で、置かれるべき場所も、云うほどのことはありませんでしょう。 風呂場は、私共にとって、決して、等閑に附せられないものです。せっせと・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 二階では稀に一しきり強い風が吹き渡る時、その音が聞えるばかりであったが、下に降りて見ると、その間にも絶えず庭の木立の戦ぐ音や、どこかの開き戸の蝶番の弛んだのが、風にあおられて鳴る音がする。その間に一種特別な、ひゅうひゅうと、微かに長く・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫