・・・薄地セルの華奢な背広を着た太った姿が、血みどろになって倒れて居るのを、二人の水夫が茫然立って見て居た。 私の心にはイフヒムが急に拡大して考えられた。どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、き・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・うってがえしに、あの、ご覧じ、石段下を一杯に倒れた血みどろの大魚を、雲の中から、ずどどどど!だしぬけに、あの三人の座敷へ投込んで頂きたいでしゅ。気絶しようが、のめろうが、鼻かけ、歯かけ、大な賽の目の出次第が、本望でしゅ。」「ほ、ほ、大魚・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 四十時間一睡もせずに書き続けて来た荒行は、何か明治の芸道の血みどろな修業を想わせるが、そんな修業を経ても立派な芸を残す人は数える程しかいない。たいていは二流以下のまま死んで行く。自分もまたその一人かと、新吉の自嘲めいた感傷も、しかしふ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・それは二人の勝負師が無我の境地のままに血みどろになっている瞬間であった。 坂田の耳に火のついたような赤ん坊の泣き声がどこからか聴えて来る瞬間であった。 そして坂田はその声を聴きながら、再び負けてしまったのである。・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・骨董が黄金何枚何十枚、一郡一城、あるいは血みどろの悪戦の功労とも匹敵するようなことになった。換言すれば骨董は一種の不換紙幣のようなものになったので、そしてその不換紙幣の発行者は利休という訳になったようなものである。西郷が出したり大隈が出した・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・馬鹿な親でも、とにかく血みどろになって喧嘩をして敗色が濃くていまにも死にそうになっているのを、黙って見ている息子も異質的ではないでしょうか。「見ちゃ居られねえ」というのが、私の実感でした。 実際あの頃の政府は、馬鹿な悪い親で、大ばくちの・・・ 太宰治 「返事」
・・・ 途方もない血みどろの擲り合だ。そんで共同耕作は終っちまってる。集団農場へ入りたがってる農民のところへ行って、この小説を読んできかして見な。入ることは考えちまうぞ。反対に、集団農場をけなしつける者はほざくにきまってる『へ、碌でなしの牝の子め・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
第二次世界大戦では、世界のあらゆる国々が大きい犠牲を払った。地球はこの戦争によって血みどろにされた。然し全人類的なこの闘争は、これまでの歴史にあったすべての戦争と全く種類を異にしている。人間のあらゆる智慧をふりしぼって、破・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・ 第二次世界大戦は地球を血みどろにした。そしてその結果、世界は自身の流血の上に立って、国際間の諸矛盾を解決するために戦争というものは再び繰返されるべきものでないということを学んだ。日本も同じ大きな道を辿って同じ結論に到達している訳ではあ・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・農奴解放は行われたが、その頃のニージュニ・ノヴゴロドの下層小市民の日常生活の中心では、まだ子供を樺の枝でひっぱたくことはあたり前のことと考えられていたし、大人たちが財産争いから酔っ払って血みどろの掴み合いをしたりすることはザラであった。小さ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫