・・・客車の横腹に Fumatori と大きく書いてあるのを、行く先の駅名かと思ったら、それは喫煙車という事であった。客車の中は存外不潔であった。汽車は江に沿うてヴェスヴィオのふもとを走って行った、ふもとから見上げると海上から見たほど高くは見えな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そういうものがこの方面の行く先でありユートピアであるかもしれない。 そういう、現在のわれわれには夢のような不思議な詩形ができる日が到着したとして、そのときに現在の十七字定型の運命はどうなるであろうか。自分の見るところでは、たぶんその日に・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・これらの場合その作者たちにとっては、行く先がどういうふうに成り行くものか見当がつかないで、そうしていろいろと思いもかけない方向に発展して行くという好奇的な享楽は多分にあるかもしれないが、できあがった結果をその制作過程を知らない読者のほうから・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「そら、落ち行く先きは九州相良って云うじゃないか」「云うかも知れんが、その句は聞いた事がないようだ」「困った男だな」「ちっとも困りゃしない。荒木又右衛門ぐらい知らなくったって、毫も僕の人格には関係はしまい。それよりも五里の山・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・――ただいま正木会長の御演説中に市気匠気と云う語がありましたが、私の御話も出立地こそぼうっとして何となく稀有の思はあるが、落ち行く先はと云うと、これでも会長といっしょに市気匠気まで行くつもりであります。 まず――私はここに立っております・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・腐らねえで行く先まで着きゃ不思譲な位だ。俺たちゃ、明日から忙しいから、汽車ん中で寝て行き度えんだよ」「どこへ行くんだい?」「お前はスパイかい?」「え?」「分らねえか、警察の旦那かって聞いてるんだよ」 彼は喫驚すると同時に・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・―― 彼女は三池港で、船艙一杯に石炭を積んだ。行く先はマニラだった。 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とする・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・学業を勤むるにも、これを勤めてその行く先は、所得の芸能を人事のいずれの辺に活用して如何なる生計を営むべしと、おおよそその胸算を立つることも難からず。かつ今日は、世禄の家なくして労働の身あるのみ。労すればもって食うべし、逸すればもって飢ゆべし・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ 婆さんは、それを働かして少しは自分で自分の行く先に注意を払うだけの脳味噌も持ち合わせていないのであろうか。彼女の質問のしぶりには、彼女が混んだ電車に乗り合わせた時、ほんの三寸の隙間をも見つけて、そこへ小さからぬ尻から割り込んで掛けずに・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 数台まって、やっと乗りこんだ電車は行く先の関係で殆ど労働者専用車だ。鳥打帽をかぶり、半外套をひっかけた大きな体の連中が、二人分の座席に三人ずつ腰かけ、通路まで三重ぐらいに詰って、黙って、ミッシリ、ミッシリ押し合っている。 電車は段・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
出典:青空文庫