・・・これはほとんどこの地の習慣で、一つの年中行事になってる。二月に入ればよい日を見て種井浚いをやる。その夜は茶飯ぐらいこしらえて酒の一升も買うときまってる。 今日は珍しくおはま満蔵と兄と四人手揃いで働いたから、家じゅう愉快に働いた。この晩兄・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ この河童の尻が、数え年二百歳か三百歳という未だうら若い青さに痩せていた頃、嘘八百と出鱈目仙人で狐狸かためた新手村では、信州にかくれもなき怪しげな年中行事が行われ、毎年大晦日の夜、氏神詣りの村人同志が境内の暗闇にまぎれて、互いに悪口を言・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・四季その折々の風物の移り変りと、村の年中行事を、その時々にたのしめるようになったのは、私には、まだ、この二三年以来のことである。 村の年寄りが、山の小さい桐の樹を一本伐られたといって目に角立てゝ盗んだ者をせんさくしてまわったり、霜月の大・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・ 毎日々々が同じな、長い/\退屈な独房で、この仕草の繰り返えしは一日の行事のうちで、却々重要な場面をしめている。ある同志たちが長い間かゝって、この壁の打ち方から自分の名前を知らせあったり、用事を知らせあって連絡をとったときいたことがある・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 避暑という、だれもする年中行事をかつてしたことのなかった自分には、この二週日の間に接した高原の夏の自然界は実に珍しいものばかりであった。その中でもこの地方のやや高山がかった植物界は、南国の海べに近く生い立った自分にはみんな目新しいもの・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・生え抜きの上田市民で丁度この日他行のためにこの祇園祭の珍しい行事に逢わなかった人もあるであろうから一生におそらくただ一度この町へ来合わせて丁度偶然この七十年目の行事に出くわした自分等はよほどな幸運に恵まれたものだと思っても別に不都合はない訳・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・こんな習俗ももとは何かしら人間の本能的生活に密接な関係のある年中行事から起ったものであろうと思うが、形式だけが生残って内容の原始的人間生活の匂いは永久に消えてしまい忘れられてしまったのであろう。「早苗とる頃」で想い出すのは子供の頃に見た・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・今北海の町に来て計らずこのつつましやかな葬礼を見て、人世の夕暮れにふさわしい昔ながらの行事のさびしおりを味わうことが出来たような気がした。 〇時半の急行で札幌に向かう。北緯四十一度を越えても稲田の黄熟しているのに驚く。大沼公園はなるほど・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ こんな年中行事は郷里でも、もうとうの昔に無くなってしまって、若い人たちにはそんな事があったということさえ知られていないかもしれない。 三 冬夜の田園詩 これも子供の時分の話である。冬になるとよく北の山に山火事が・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これが近年の年中行事の一つになっていた。 ところが今年は病気をして外出が出来なくなった。二科会や院展も噂を聞くばかりで満足しなければならなかった。帝展の開会が間近くなっても病気は一向に捗々しくない。それで今年はとうとう竹の台の秋には御無・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
出典:青空文庫