・・・それが即ち文芸上の色彩派の行き方である。筋とか、時間的の変遷とか云うものを描くのではなくて、そこに自分が外界から受け得た刺戟とか、胸の中の苦悶とかを象徴的に映出するのである。それには無論強烈な色彩を以てしなければならないと思う。 丁度、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 私も――縁起でもないけど――何しろお前さんの便りはなし、それにあちこち聞き合わして見ると、てんで船の行方からして分らないというんだもの。ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・私はその人を命の恩人と思い、今は行方は判らぬが、もしめぐり会うことがあれば、この貯金通帳をそっくり上げようと名義も秋山にして、毎月十日に一円ずつ入れることにしたのです。十日にしたのはあの中之島公園の夜が八月十日だったのと、私の名が十吉だった・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・武田さんを訪問すると、留守だった。行方不明だという。上京の目的の半分は武田さんに会うことだった。 雑誌社へきけば判るだろうと思い、文芸春秋社へ行き、オール読物の編輯をしているSという友人を訪ねると、Sはちょうど電話を掛けているところだっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・といって、再び借りに行くとしても、天辰の店は雁次郎横丁と共に焼けてしまい、主人の行方もわからぬし、公判記録も焼失をまぬがれたかどうか、知る由もない。朧気な記憶をたよりに書けないこともないが、それでは主人公は私好みの想像の女になってしまい、下・・・ 織田作之助 「世相」
・・・総て自分のような男は皆な同じ行き方をするので、運命といえば運命。蛙が何時までも蛙であると同じ意味の運命。別に不思議はない。 良心とかいう者が次第に頭を擡げて来た。そして何時も身に着けている鍵が気になって堪らなくなって来た。 殊に自分・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 父の山気を露骨に受けついで、正作の兄は十六の歳に家を飛びだし音信不通、行方知れずになってしまった。ハワイに行ったともいい、南米に行ったとも噂させられたが、実際のことは誰も知らなかった。 小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入って・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・客がジッと見ているその眼の行方を見ますと、丁度その時またヒョイッと細いものが出ました。そしてまた引込みました。客はもう幾度も見ましたので、 「どうも釣竿が海の中から出たように思えるが、何だろう。」 「そうでござんすね、どうも釣竿のよ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・汽車の行方は、志士にまかせよ。「待つ」という言葉が、いきなり特筆大書で、額に光った。何を待つやら。私は知らぬ。けれども、これは尊い言葉だ。唖の鴎は、沖をさまよい、そう思いつつ、けれども無言で、さまよいつづける。・・・ 太宰治 「鴎」
・・・私に就いての記事はなかったけれども、東郷さんのお孫むすめが、わたくしひとりで働いて生活したいと言うて行方しれずになった事実が、下品にゆがめられて報告されていた。兵士たちが望富閣の食堂へぞろぞろとはいって来て、あまり勢いよくはいって来たので私・・・ 太宰治 「狂言の神」
出典:青空文庫