・・・風致もなく快楽もなきのみならず、あるいは行過ぎ、あるいは回り道して、事実に大なる損亡を蒙る者なきに非ず。一身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、取引についての公事訴訟、物産の取調べ、商売工業の盛衰等を検査して、その・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・なれすぎた鮓をあるじの遺恨かな牡丹ある寺行き過ぎし恨かな葛を得て清水に遠き恨かな「恨かな」というも漢詩より来たりしものならん。句調 蕪村以前の俳句は五七五の句切にて意味も切れたるが多し。たまたま変例と・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 耕一はその梢をちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いながら行き過ぎました。 ところが次の木のトンネルを通るとき又ざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・黒いものは行き過ぎようとしてふと立ちどまってよく二人をすかして見て云いました。「ははあ、新兵だな。まだお辞儀のしかたも習わないのだな。このくじら様を知らんのか。俺のあだなは海の彗星と云うんだ。知ってるか。俺は鰯のようなひょろひょろの魚や・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・億百万のばけものどもは、通り過ぎ通りかかり、行きあい行き過ぎ、発生し消滅し、聨合し融合し、再現し進行し、それはそれは、実にどうも見事なもんです。ネネムもいまさらながら、つくづくと感服いたしました。 その時向うから、トッテントッテントッテ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 往来で擦れ違う彼等を御覧遊ばせ、黒人の娘は華やかな胸着を附け、流行の帽子を戴いて笑い興じながら行き過ぎます。然し、中高な引しまった表情を、淋しげに亜麻色の髪の下に浮べたインディアンの娘は、殆ど誰も誰もが、地味な陰気な黒い着物を着て居り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・だが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の乱れを捌き下る、間断のない注意力で鮎を漁る熟練のさ中で、ふと私は流れる人生の火を見た思いになり遠く行き過ぎてしまった篝火の後の闇に没し、手・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・――予は病理的に昂進した欲望をもって破壊に従事した。行き過ぎた破壊は予を虚無の淵にまで連れて行った。偶像破壊者の持つ昂揚した気分は、漸次予の心から消え去った。予はある不正のあることを予感した。反省が予の心に忍び込んだ。そこで打ち砕いた殻のな・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫