・・・ 倉庫は、街路に沿うて、並んで甲羅を乾していた。 未だ、人通りは余り無かった。新聞や牛乳の配達や、船員の朝帰りが、時々、私たちと行き違った。 何かの、パンだとか、魚の切身だとか、巴焼だとかの包み紙の、古新聞が、風に捲かれて、人気・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・依って今日より七日間当ムムネ市の街路の掃除を命ずる。今後はばけもの世界長の許可なくして、妄りに向う側に出現することはならん。」「かしこまりました。ありがとうございます。」「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは互に・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・巨きな桜の街路樹の下をあるいて行って、警察の赤い煉瓦造りの前に立ちましたら、さすがにわたくしもすこしどきどきしました。けれども何も悪いことはないのだからと、じぶんでじぶんをはげまして勢よく玄関の正面の受付にたずねました。「お呼びがありま・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・旧軍事支配権力の無条件降伏は、考える葦、働く蟻であったわたしたち日本人民すべてに、人間らしい歩み出しの一歩を約束するものであったことを、確認して、この一年を生きてきたものの、明るいまなざしが街路にみちているだろうか。 率直にいって、日本・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・外の並木道をこした市の外廓には、新工場のポンド式ガラス屋根の反射とともに、新労働者住宅のさっぱりしたコンクリート壁が、若い街路樹のかなたに、赤い布をかぶった通行人を浮きあがらしている。 モスクワ河の岸に一区画を占める大建築が進行中だ。黒・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・塵埃をかぶって白けた街路樹が萎え凋んで、烈しく夕涼を待つ刻限だ。ここも暑い。日中の熱度は頂上に昇る。けれども、この爽かさ、清澄さ! 空は荘厳な幅広い焔のようだ。重々しい、秒のすぐるのさえ感じられるような日盛りの熱と光との横溢の下で、樹々の緑・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・其の古い楓が緑を投げる街路樹の下を、私共は透き通る軽羅に包まれて、小鳥のように囀りながら歩み去る女を見る事が出来ます。しなしなと微風に撓む帽子飾の陰から房毛をのぞかせて、笑いながら扇を上げる女性の媚態も見られます。 けれども此村は只其丈・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・暗い狸穴の街路は静な登り坂になっていて、ひびき返る靴音だけ聞きつつ梶は、先日から驚かされた頂点は今夜だったと思った。そして、栖方の云うことを嘘として退けてしまうには、あまりに無力な自分を感じてさみしかった。いや、それより、自分の中から剥げ落・・・ 横光利一 「微笑」
・・・注意深く設計された街道が、幾マイルも幾マイルも切れ目なく街路樹に包まれている。一日じゅう歩いて行っても、立派な畑に覆われた土地のみが続き、住民たちは土産の織物で作った華やかな衣服をまとっている。さらに南の方、コンゴー王国に行って見ると、「絹・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・たとえば街路樹である。日本の古い都会には街路樹がなかった。だから西洋の都会をまねて街路樹を植え、しかもその樹にプラタヌスを選ぶなどということも、確かによいことではあったろう。しかしそれとともにあたかも日本に街路樹がなかったかのごとくに考えて・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫