・・・まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後に雑木山を控えた、鍵の手形の総二階に、あかりの点いたのは、三人の客が、出掛けに障子を閉めた、その角座敷ばかりである。 下廊下を、元気よく玄関へ出ると、女連の手は早い、二・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・彼の最後の消息がこの可憐な、忠実な動物へのいつくしみの表示をもって終わっているのも余韻嫋々としている。彼の生涯はあくまで詩であった。「みちのほど、べち事候はで池上までつきて候。みちの間、山と申し、河と申し、そこばく大事にて候ひけるを、公・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・作者は疲れて、人生に対して、また現実のつつましい営みに対して、たしかに乱暴の感情表示をなして居るという事は、あながち私の過言でもないと思います。 もう一つ、これは甚だロマンチックの仮説でありますけれども、この小説の描写に於いて見受けられ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少の逡巡、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ なんのとがもないのに、わがいのちを断って見せるよりほかには意志表示の仕方を知らぬ怜悧なるがゆえに、慈愛ふかきがゆえに、一掬の清水ほど弱い、これら一むれの青年を、ふびんに思うよ。死ぬるがいいとすすめることは、断じて悪魔のささやきでないと、立・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・何に依って表示するか。言葉か。永遠にパンセは言葉にたよる他、仕方ないものなのか。音はどうか。アクセントはどうか。色彩はどうか。模様はどうか。身振りはどうか。顔の表情では、いけないか。眼の動きにのみたよるという法はどうか。採用可能の要素がない・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・偉い人間は、咄嗟にきっぱりと意志表示が出来て、決して負けず、しくじらぬものらしい。私はいつでも口ごもり、ひどく誤解されて、たいてい負けて、そうして深夜ひとり寝床の中で、ああ、あの時にはこう言いかえしてやればよかった、しまった、あの時、颯っと・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・その結果として、自然がわれわれに表示する現象が自分の頭で考えたことと一致しない場合に、「自然のほうが間違っている」かのように考える恐れがある。まさかそれほどでなくても、そういったような傾向になる恐れがある。これでは自然科学は自然の科学でなく・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・それで、もし、この式のほかに、場合によっていろいろ数はちがうが、とにかく数個の境界条件ならびに当初条件を表示する数式を与えると、そこで始めて一つの具体的な問題が設立され、設立されると同時に少なくも理論上には解式は決定されるのであって、学者は・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・これを客観的に識別しようとすればめんどうな分析法によって多数の係数を算出し、さらにそれを統計にかけて表示しなければならない。さらにまた、盲人の触感は猫の毛の「光沢」を識別し、贋造紙幣を「発見」する。しかし、物の表面の「粗度」の物理的研究はま・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
出典:青空文庫