・・・大抵は悪紙に描きなぐった泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有の健腕が金屏風や錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨威圧するは、丁度墨染の麻の衣の禅匠が役者のような緋の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・すほどの著述ではないが、ジスレリーの夢が漸く実現された時、その実余人の抄略したものを尾崎行雄自著と頗る御念の入った銘を打って、さも新らしい著述であるかのように再刊されたのは、腕白時代の書初めが麗々しく表装されて床の間に掛けられるようなもんだ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして年の終りになったら立派に表装して、私の Libraryのなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・都合十七点あった。表装もみごとなものばかしであった。惣治は一本一本床の間の釘へかけて、価額表の小本と照し合わせていちいち説明して聴かせた。「この周文の山水というのは、こいつは怪しいものだ。これがまた真物だったら一本で二千円もするんだが、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・軸は、仮表装の北斗七星の四文字である。文句もそうであるが、書体はいっそう滑稽であった。糊刷毛かなにかでもって書いたものらしく、仰山に肉の太い文字で、そのうえ目茶苦茶ににじんでいた。落款らしいものもなかったけれど、僕はひとめで青扇の書いたもの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 表装でもしておくといいと思いながらそのままに、色々な古手紙と一しょに突込んであったのを、近頃見せたい人があって捜し出して書斎の机の抽斗に入れてある。せめて状袋にでも入れて「正岡子規自筆根岸地図」とでも誌しておかないと自分が死んだあとで・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・それも辰之助が表装をしてやると言うて、持っていったきり、しらん顔をしているんですもの」「蕪村じゃないかな」「何だか忘れたけれど。今度そう言って持ってきてもらおうかしら」 それでも酒の器などには、ちょっと古びのついたものがまだ残っ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・余はその中から子規が余に宛てて寄こした最後のものと、それから年月の分らない短いものとを選び出して、その中間に例の画を挟んで、三つを一纏めに表装させた。 画は一輪花瓶に挿した東菊で、図柄としては極めて単簡な者である。傍に「是は萎み掛けた所・・・ 夏目漱石 「子規の画」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・別に、鴨居から一幅、南画の山水のちゃんと表装したのがかかっていた。瀧田氏は、ぐるぐる兵児帯を巻きつけた風で、その前に立ち、「どうです、これはいいでしょう」と云った。筆の細かい、気品のある、穏雅な画面であった。「誰のです」「そ・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
出典:青空文庫