・・・警察・裁判所・監獄は、多忙をきわめている。今日の社会においては、もし疾病なく、傷害なく、真に自然の死をとげうる人があるとすれば、それは、希代の偶然・僥倖といわねばならぬ。 実際、いかに絶大の権力を有し、百万の富を擁して、その衣食住はほと・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・が、少くとも今日の社会、東洋第一の花の都には、地上にも空中にも恐るべき病菌が充満して居る、汽車・電車は、毎日のように衝突したり人を轢いたりして居る、米と株券と商品の相場は、刻々に乱高下して居る、警察・裁判所・監獄は多忙を極めて居る、今日の社・・・ 幸徳秋水 「死生」
近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫様は米穀何百俵を詐欺横領しましたという――」きまった始まりで、御詠歌のように云って歩く「バカ」のいたのを。と・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 黙然たる被告は、突如立ちあがって言った。「私は、よく、ものごとを識っています。もっと識ろうと思っています。私は卒直であります。卒直に述べようと思っています。」 裁判長、傍聴人、弁護士たちでさえ、すこぶる陽気に笑いさざめいた。被・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし裁判官達には、おれがなぜそんな事をしたか分からない。「襟だって価のある物品ではありませんか」と、裁判官も検事も云うのである。「あいつはわたくしを滅亡させたのです。わたくしの生涯を破壊したのです。あいつが最初電車から飛び下りて、・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・その後の余波となるべき裁判所の場面もちょっと面白い。証拠物件に蝋管蓄音機が持出されたのに対して検事が違法だと咎めると、弁護士がすぐ「前例」を持出すのや、裁判長のロードの少々勘の悪いところなどが如何にもイギリスらしくて、いつものアメリカの裁判・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・同じようなわけで、裁判所におけるいろいろな刑事裁判の忠実な筆記が時として、下手な小説よりもはるかに強く人性の真をうがって読む人の心を動かすことがあるのである。 これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、また・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それに公開の裁判でもすることか、風紀を名として何もかも暗中にやってのけて――諸君、議会における花井弁護士の言を記臆せよ、大逆事件の審判中当路の大臣は一人もただの一度も傍聴に来なかったのである――死の判決で国民を嚇して、十二名の恩赦でちょっと・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・私はすこしく書物を読むようになるが早いか、世に裁判と云い、懲罰と云うものの意味を疑うようになったのも、或は遠い昔の狐退治。其等の記念が知らず知らずの原因になって居たのかも知れない。 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫