・・・――ハンケチは裂けるかい」「うん、裂けたよ。繃帯はもうでき上がった」「大丈夫かい。血が出やしないか」「足袋の上へ雨といっしょに煮染んでる」「痛そうだね」「なあに、痛いたって。痛いのは生きてる証拠だ」「僕は腹が痛くなっ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに、同志の言葉に震え騒いでいる。 ――この上に、無限に高い空と、突っかかって来そうな壁の代りに、屋根や木々や、野原やの――遙なる視野――があればなあ、と私は淋しい気持になった。 陰鬱の・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・わたくしは胸が裂けるように動悸がいたしました。そしてあなたが好きになりました。やはり十六年前の青年よりは今のあなたの方が好きだと存じました。 あなたのような種類の人、あなたのように智慧がおありになり、しっかりしておいでになって、そして様・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 崖のこっち側と向う側と昔は続いていたのでしょうがいつかの時代に裂けるか罅れるかしたのでしょう。霧のあるときは谷の底はまっ白でなんにも見えませんでした。 私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。ずうっと下の方・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・テントの中は割けるばかりの笑い声です。 陳氏ももう手を叩いてころげまわってから云いました。「まるでジョン・ヒルガードそっくりだ。」「ジョン・ヒルガードって何です。」私は訊ねました。「喜劇役者ですよ。ニュウヨーク座の。けれども・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ピシッと鞭がせなかに来る、全くこいつはたまらない、ヨークシャイヤは仕方なくのそのそ畜舎を出たけれど胸は悲しさでいっぱいで、歩けば裂けるようだった。助手はのんきにうしろから、チッペラリーの口笛を吹いてゆっくりやって来る。鞭もぶらぶらふっている・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 若い木霊は胸がまるで裂けるばかりに高く鳴り出しましたのでびっくりして誰かに聞かれまいかとあたりを見まわしました。その息は鍛冶場のふいごのよう、そしてあんまり熱くて吐いても吐いても吐き切れないのでした。 その時向うの丘の上を一疋のと・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・人民の生活は、燃える空と轟き裂ける大地の間に殲滅される。戦争は、人民にとって直接生命の問題である。命あっての物種、というその命をじかに脅かされることであるから、生命保存のために、人々の全努力が、瞬間の命を守るたたかいに集注される。 絶え・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・地響を立てて横たわる古い、苔や寄生木のついた幹に払われて、共に倒れる小さい生木の裂ける悲鳴。 小枝の折れるパチパチいう音に混って、「南へよけろよーッ、南ー」 ドドーンとまたどこかで、かなり大きい一本が横たわる。 パカッカッ…・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫