・・・戸部 俺たちの仕事が認められないからって、裏切りをするような奴は……出て行け。瀬古 腹がすくと人は怒りっぽくなる。戸部の気むずかしやの腹がすいたんだから、いわばペガサスに悪魔が飛び乗ったようなもんだよ。おまえ、気を悪くしちゃ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・語らぬ恋の力が老死に至るまで一貫しているのは言わずもあれ、かれを師とするもののうちには、師の発展のはかばかしくないのをまどろッこしく思って、その対抗者の方へ裏切りしたものもあれば、また、師の人物が大き過ぎて、悪魔か聖者か分らないため、迷いに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・達していたが、しかし、純粋小説とは純粋になればなるほど形式が不純になり、複雑になり、構成は何重にも織り重って遠近法は無視され、登場人物と作者の距離は、映画のカメラアングルのように動いて、眼と手は互いに裏切り、一元描写や造形美術的な秩序からま・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 裏の崖の上から丘の谷間の様子を見ていた留吉が、「おい、皆目、追い出す者はないが、……宇一の奴、ほんとに裏切りやがったぞ!」 と、小屋の中の健二に呼びかけた。「まだ二十匹も出ていないが……。」「ええ!」健二は自分の豚を出・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・私は、私の家庭においても、絶えず冗談を言い、薄氷を踏む思いで冗談を言い、一部の読者、批評家の想像を裏切り、私の部屋の畳は新しく、机上は整頓せられ、夫婦はいたわり、尊敬し合い、夫は妻を打った事など無いのは無論、出て行け、出て行きます、などの乱・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・そうして、間もなく少年は、左翼思想をさえ裏切りました。卑劣漢の焼印を、自分で自分の額に押したのでした。お洒落の暗黒時代というよりは、心の暗黒時代が、十年後のいまに至るまで、つづいています。少年も、もう、いまでは鬚の剃り跡の青い大人になって、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・私は、仲間を裏切りそのうえ生きて居れるほどの恥知らずではなかった。私は、私を思って呉れていた有夫の女と情死を行った。女を拒むことができなかったからである。そののち、私は、現在の妻を迎えた。結婚前の約束を守ったまでのことである。私、十九歳より・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・外国には、それとぴったり合うような感じの言葉が、あまり使用せられていないように思われる。裏切り、クーデタ、そんな言葉が主として使用せられているように思われる。「ご謀叛でござる。ご謀叛でござる。」などと騒ぎまわるのは、日本の本能寺あたりにだけ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・資本主義的経済社会に住んでいることが裏切りなら、闘士にはどんな仙人が成るのだ。そんな言葉こそウルトラというものだ。小児病というものだ。一のプロレタリアアトへの貢献、それで沢山。その一が尊いのだ。その一だけの為に僕たちは頑張って生きていなけれ・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 誰が!」矢庭に勝治は、われがねの如き大声を発した。「ちくしょう!」どんと床を蹴って、「節子だな? 裏切りやがって、ちくしょうめ!」 恥ずかしさが極点に達すると勝治はいつも狂ったみたいに怒るのである。怒られる相手は、きまって節子だ。風の・・・ 太宰治 「花火」
出典:青空文庫