・・・ただ道だけ聞けば、とのことでございましたけれども、おともが直接について悪ければ、垣根、裏口にでもひそみまして、内々守って進じようで……帳場が相談をしまして、その人選に当たりましたのが、この、ふつつかな私なんでございました。…… お支度が・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・おその、蓮葉に裏口より入る。駄菓子屋の娘。その 奥様。撫子 おや、おそのさん。その あの、奥様。お客様の御馳走だって、先刻、お台所で、魚のお料理をなさるのに、小刀でこしらえていらしった事を、私、帰ってお饒舌をしました・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・竈屋の裏口から、「背戸口から御免くださいまし」 例の晴ればれした、りんの音のような声がすると、まもなくおとよさんは庭場へ顔を出した。にっこり笑って、「まあにぎやかなこと。……うっとしいお天気でございます。お祖母さんなんですか。あ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「何がッて、ゆうべ、うなぎ屋の裏口からこッそりはいって来て、立ち聴きしたと、さ」――では、先夜の僕がゆうべの青木になったのだ。また、うわばみの赤い舌がぺろぺろ僕の目の前に見えるようだ。僕はこれを胸に押さえて平気を装い、「それがつらい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その部屋はアパートの裏口からはいったかかりにあって、食堂の炊事場と隣り合っていた。床下はどうやらその炊事場の地下室になっているらしく、漬物槽が置かれ、変な臭いが騰ってきてたまらぬと佐伯は言っていた。食堂の主人がことことその漬物槽の石を動かし・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 峻が語を聴きながら豆を咬んでいると、裏口で音がして信子が帰って来た。「貸してくれはったか」「はあ。裏へおいといた」「雨が降るかもしれんで、ずっとなかへ引き込んでおいで」「はあ。ひき込んである」「吉峰さんのおばさんが・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と独語つところへ、うッそりと来かかる四十ばかりの男、薄汚い衣服、髪垢だらけの頭したるが、裏口から覗きこみながら、異に潰れた声で呼ぶ。「大将、風邪でも引かしッたか。 両手で頬杖しながら匍匐臥にまだ臥たる主人、懶惰にも眼ばかり動かし・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・エンコに出ていて、飲食店の裏口を廻って歩いて、ズケにありついている可哀相なお爺さんだった。五年刑務所にいて、やっとこの正月出てきたんだから、今年の正月だけはシャバでやって行きたいと云っていた。――俺はそのお爺さんと寝てやっているうちに、すっ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ケイサツの裏口から頭一杯にホウ帯した進が巡査に連れられて出てくるんでないか。俺どうしたんだと夢中になって、ガナった。進奴こっちば向いて、立ち止まったが、しばらくキョトンとしてるんだ。こら、お母アだ! と云うと、ようやく分ったのか、笑ったよ。・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・まいらせ候の韻を蹈んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日と詞約えて裏口から逃しやッたる跡の気のもめ方もしや・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫