・・・そこで映画を見て目と耳との感覚に注意を集注し、その映像と音響との複合から刺激された情緒的活動が開始されると、今度は脳神経中枢のどこか前とはちがった部分のちがった活動がスタートを切って、今までとはまた少しちがった場所にちがった化学作用が起こり・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・し実際の事がらは決してこのように簡単ではなくて、人々の感覚は気温と共存する湿度、気圧風速日照等によるのみならず、人々のその瞬間以前におけるありとあらゆる物理的生理的心理的経験の総合された無限に多元的な複合の無限な変化によって、無限に多様な変・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 胃の腑の適当な充血と消化液の分泌、それから眼底網膜に映ずる適当な光像の刺激の系列、そんなものの複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。「胃の腑」と「詩」との間にはまだ・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・ これに限らず、人間と自然を引っくるめた有機体における自然と人間の交渉はやはり有機的であるから、たとえ科学的気象学的に同一と見られるものでも、それに随伴する他要素の複合いかんによって全く別種の意義をもつのは言うまでもないことである。そう・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかしこういうことがないまでも、連句は時代の空気を呼吸する種々な作者の種々な世界の複合体である以上、その作物の上には個人の作品よりもずっと濃厚な時代の影の映るのは当然のことである。そういう意味から言って現代の俳諧に元禄時代のような句ばかり作・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 耳と目の比較をする時に考えられる著しい差別は、耳が複雑な異種類の音響の複合物をその組成要素に分析する能力をもっているのに、目には視像を分析する能力がないという点にある。たとえば、ジンタ音楽と「いらっしゃいいらっしゃい」とが同時にオーヴ・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・しかるにまた一方ではそういう普遍性を全くもたない個人的に特有な連想によって連結された観念の群あるいは複合とでも称すべきものがある。これは多くはその一人一人の生涯特に年少時代において体験した非常に強烈な印象に帰因するものであって、特に性的な関・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・微妙深刻な形で、娘たちの家庭の苦しい経済事情と、時局国民精神総動員の声と、経営的手腕が複合して識者の眼に映ることは避け難い。教育当局が、若い女性に堅実な実務教育を希望しているのは事実であろうが、あながち十文字女史の方法を必ずしもよしとはしな・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 良人となる青年がそれだけ念の入った複合体であると同様に妻となる女性も、彼女の或は無心な情緒の奥にそれだけの因子をちゃんとしまっているわけである。 人間の性格や気質にいろいろの癖があったり自己撞着があったりするのも畢竟は、私たちすべ・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・だけれども、一方最近の数年間に、世界の市民的な生活感覚に潜在するコンプレックスは、フロイドの時代からみれば比較にならないほど、その複合の要素を複雑にして来ているというのも、現実だろうと思う。第一次大戦の社会混乱と過去の秩序の崩壊につれて、と・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫