・・・黄褐色の濁水が滾々として押し流された。更に強く更に烈しく打ちつける雨が其氾濫せる水の上に無数の口を開かしめる。忙しく泡を飛ばして其無数の口が囁く。そうして更に無数の囁が騒然として空間に満ちる。電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・水の流れる所は苔は青く流れない所は褐色だ。みんなこわごわ下りて来る。水の流れる所は大丈夫滑らないんだ。〔水の流れるところをあるきなさい。水の流れるところがいいんです。〕あれは葛丸川だ。足をさらわれて淵に入ったのは。いいや葛丸川じゃない。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・落葉松の下枝は、もう褐色に変っていたのです。 トルコ人たちは、みちに出ている岩にかなづちをあてたり、がやがや話し合ったりして行きました。私はそのあとからひとり空虚のトランクを持って歩きました。一時間半ばかり行ったとき、私たちは海に沿った・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・それからよこの方へ少しまがったように見えましたが、忽ち山が水瓜を割ったようにまっ二つに開き、黄色や褐色の煙がぷうっと高く高く噴きあげました。 それから黄金色の熔岩がきらきらきらと流れ出して見る間にずっと扇形にひろがりました。見ていたもの・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・サーシャの呪や、番頭の盗みや、忘られぬ靴屋の主人の褐色の家が絶えず真向うに見えているという窒息的な目の前は広々と拡大せられ、プラーグやロンドンの都市の美しさが、そこで行われている生活がゴーリキイの世界の中のものとなって来た。そこには、市街の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・雛鶏と家鴨と羊肉の団子とを串した炙き串三本がしきりに返されていて、のどかに燃ゆる火鉢からは、炙り肉のうまそうな香り、攣れた褐色の皮の上にほとばしる肉汁の香りが室内に漂うて人々の口に水を涌かしている。 そこで百姓のぜいたくのありたけがシュ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 縁側なしに造った家の敷居、鴨居から柱、天井、壁、畳まで、bitume の勝った画のように、濃淡種々の茶褐色に染まっている。正面の背景になっている、濃い褐色に光っている戸棚の板戸の前に、煎餅布団を敷いて、病人が寝かしてある。家族の男女が・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろ・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・ 戸を開けて這入って来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色の髪の濃い、三十代の痩せた男である。 お約束の Mademoiselle Hanako を連れて来たと云った。 ロダンは這入って来た男を見た時も、その詞を聞いた時も・・・ 森鴎外 「花子」
・・・その黄色や褐色や紅色が、いかにも冴えない、いやな色で、義理にも美しいとはいえない。何となく濁っている。爽やかさが少しもなく、むしろ不健康を印象する色である。秋らしい澄んだ気持ちは少しも味わうことができない。あとに取り残された常緑樹の緑色は、・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫