・・・それのみならず河の流れが丁度この橋のかかっているあたりを中心にして、ゆるやかに西南の方へと曲っているところから、橋の中ほどに佇立むと、南の方には永代橋、北の方には新大橋の横わっている川筋の眺望が、一目に見渡される。西の方、中洲の岸を顧みれば・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・漢水は依然として西南に流れるのが千古の法則だ。「だんだん聞き糺して見ると、その妻と云うのが夫の出征前に誓ったのだそうだ」「何を?」「もし万一御留守中に病気で死ぬような事がありましてもただは死にませんて」「へえ」「必ず魂魄・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ そしていつかわたくしは町から西南の方の村へ行くみちへはいってしまっていました。 向うからは黒い着物に白いきれをかぶった百姓のおかみさんたちがたくさん歩いてくるようすなのです。わたくしは気がついて、もう戻ってしまおうと思いました。全・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・日本では西南の役があった次の年、一八七八年からの五、六年は少年ゴーリキイにとって朝から晩まで苦しい労働の時代であった。この時代、大人の利己心、仲間の性わるさにこづきまわされつつ彼は「多く労働した。殆どぼんやりしてしまうまで働いた。」 背・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・丁度土曜日なので、花房は泊り掛けに父の家へ来て、診察室の西南に新しく建て増した亜鉛葺の調剤室と、その向うに古い棗の木の下に建ててある同じ亜鉛葺の車小屋との間の一坪ばかりの土地に、その年沢山実のなった錦茘支の蔓の枯れているのをむしっていた。・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫