・・・そうしてそれが、やがて大隅君のあの鬱然たる風格の要因にさえなった様子であったが、思いやりの深い山田勇吉君は、或る時、見かねて、松葉を束にしてそれでもって禿げた部分をつついて刺戟すると毛髪が再生して来るそうです、と真顔で進言して、かえって大隅・・・ 太宰治 「佳日」
・・・鼻祖と言いかけて、熊本君のいまの憂鬱要因に気がつき、「元祖ですね。」と言い直した。 熊本君は、救われた様子であった。急にまた、すまし返って、「たしかに、そんなところもありますね。」赤い唇を、きゅっと引き締めた。「僕は最近また、ぼちぼ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬を来した。たしかに、それは神の試みであったのである。けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うところとなり、ラプンツェルは、肉感を洗い去った・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・リアリズムは、人間の生きる社会とその階級の歴史と個人の複雑な発展の諸関係を、社会の歴史と個人の諸要因の綜合的な動きそのものの中で現実的に掴もうとする本質によって、文学の最も強固な手法である。リアリズムが人間の芸術表現にとって大地のような性質・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・の本質が、更に複雑な隷属の要因を加えて、わたしたちのこんにちの文化問題であることを知る。「今日の文化の諸問題」をふくめて。 一九三一年七月中央公論のためにかかれた「文芸時評」は、全篇がその五月にもたれた「ナップ」第三回大会報告となってい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ただ従来、そのひとの程度というとき、個人的な限度で、各人の天質とか仁とかいう範囲でだけ内容づけられていたものを、もっと社会的な複雑な要因の綯いまぜられたものの動きとして感じているから、そういう実質でかりに我々の程度というときには、個人に及ぼ・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・しかしそれらさまざまの外見をとって起る事件が、部落民の世界観をいかにかえつつあるかという大切な要因については、その重大さに必要なだけ細心で執拗な関心を払っていない。 作家は「悲劇が来た」と報じている。馬をとられた三次の女房の発狂にしろ、・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・自身の敗北の十分な意識の上に立って、その社会的・歴史的要因を作品の中でつきつめようとする熱意を欠いていることである。あらゆる進歩的なインテリゲンツィアと勤労者に、その敗因が全くひとごとではない連帯的な現実の中にあるということを、芸術の息吹に・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・そのような要因を前進の方向でとらえ、発展のための仕事を準備し具体化してゆくことのうちに貫かれる。文学におけるたたかいとは、いつのときも、より歴史の真実とそこに生きるより多数の人民の実感に迫った作品を生み出してゆくことであり、生み出させるよう・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・ この方針の実践は、今日、プロレタリア作家の産業別組織的生産の問題を起した現実的な原因――生産労働と作家活動との間に生じた分裂を、最も自然なプロレタリア文学全線の向上を社会的要因として、近い将来に揚棄する可能性を示すものであると思う。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫