・・・その、あいつというのは、博士と高等学校、大学、ともにともに、机を並べて勉強して来た男なのですが、何かにつけて要領よく、いまは文部省の、立派な地位にいて、ときどき博士も、その、あいつと、同窓会などで顔を合せることがございまして、そのたびごとに・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しかし、私はこれからこそ、この田舎者の要領の悪さ、拙劣さ、のみ込みの鈍さ、単純な疑問でもって、押し通してみたいと思っている。いまの私が、自身にたよるところがありとすれば、ただその「津軽の百姓」の一点である。 十五年間、私は故郷から離れて・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・と私は、少しも要領を得ない事を言った。何と言ったらいいか、わからないのである。「うん、よかった。」と慶四郎君は、平気で応じて、「もう少しで死ぬとこでしたよ。」「そうだろう、そうだろう。」と私は少し狼狽気味でうなずき、ポケットかられい・・・ 太宰治 「雀」
・・・第一、実地ではこんなに演奏者を八方から色々の距離と角度で眺めることは不可能であるが、そればかりでなく映画のカメラは吾らの眼の案内をして複雑な管弦楽の編成の内容を要領よく解明してくれる。曲の各部をリードしている楽器を時々に抽出してその方に吾々・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・ けんかや立ち回りの場面も普通の映画では実に退屈に堪えないのが多いが、この映画のそうした場面は簡潔で要領がよくてかえってほんとうらしい。 林長二郎、岡田嘉子の二人も近ごろ見た他の映画における同じ二人とは見ちがえるように魂がはいってい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・オベリスクやエッフェル塔が空中でとんぼ返りをしたりする滑稽でも、要領がよいのでくすぐりに落ちずして自然に人のあごを解くようなところがある。「制服の処女」とこの映画とを比べても実によくドイツ人の映画とフランス人の映画との対照がわかるような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ため、容易に要領を得ないため、万事オーケーイ式でないためであろう。そのためにドイツの映画においては、やはり一九三〇年以前の芸術と哲学をスクリーンの上に求めんとして努力しているように感ぜられる。 フランス人は頭のいい人種である。マチスを生・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・――話は要領を得ずにすんでしまったが、私にはやッぱり構造、譬えば波瀾、衝突から起る因果とか、この因果と、あの因果の関係とか云うものが第一番に眼につくんです。ところがそれがあんまり善くできていないじゃありませんか。あるものは私の理性を愚弄する・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・実業家などがむずかしい相談をするのにかえって見当違の待合などで落合って要領を得ているのも、全く酒色という人間の窮屈を融かし合う機械の具った場所で、その影響の下に、角の取れた同情のある人間らしい心持で相互に所置ができるからだろうと思います。現・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・「何だか要領を得ないな。君、半熟を命じたんじゃないか。君のも生か」と圭さんは下女を捨てて、碌さんに向ってくる。「半熟を命じて不熟を得たりか。僕のを一つ割って見よう。――おやこれは駄目だ……」「うで玉子か」と圭さんは首を延して相手・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫