一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」とい・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・けれど、どこにもすばしこい猟犬の鳴き声をきくし、狡猾な人間の銃をかついだ姿を見受けるし、安心して、みんなの休むところがなかったのです。そして、ようやく、この禁猟区の中のこの池を見いだしたというようなわけです。」と、老いたるがんに向かって、い・・・ 小川未明 「がん」
・・・というしるこ屋にはいっているのを私は見受けるのである。「月ヶ瀬」へ彼女が現れるのは、大抵夫婦喧嘩をしたときに限るので、あんまり腹が立ちましたよって「月ヶ瀬」で栗ぜんざい一杯とおすましとおはぎ食べてこましたりましてんと、彼女はその安い豪遊をい・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・また、支那の僻陬の地の農民たちは、日清戦争があったことも、清が明に取ってかわったことも知らずに、しかし、軍隊の略奪には恐ろしく警戒して生きている、──こういうことは、支那の奥地に這入った者のよく見受けるところであるが、これも独歩は、将校のち・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・学者の中に折々見受けるような金銭に無関心な人ではないらしい。彼の著者の翻訳者には印税のかなりな分け前を要求して来るというような噂も聞いた。多くの日本人には多少変な感じもするが、ドイツ人という者を知っている人には別にそう不思議とは思われない。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・この傾向は例えばドイツの物理学者などの中にしばしば見受ける所である。別に咎むべき事でもないと思うが、とにかく骨董趣味に類した一種の「趣味」と見ても差支えはなかろう。 これと正反対の極端にある科学者もある。その種類の人には歴史という事は全・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ 第二の場合には、教師は、そんなことを知らないのか、それはこうだといった風に事もなげに答えてしまう傾きがまた少なくないように見受ける。これはまた理科教育上極めて悪いことである。何となれば児童は知らないという事が大変悪い事と思って恥じ恐れ・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・びん入りの動物標本などで見受けるように、小動物の肉体に特殊な液体を滲透させて、その液中に置けば、ある度までは透き通って見える。ウェルズはたぶんあの標本を見て、そこからヒントを得たものに相違ない。 しかし、よく考えてみると、あらゆる普通の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・皆大概はじっとしているが、午頃には時々活動しているのを見受ける。彼等にも一定の労働時間や食事の時間があるのかと思ったりした。ある時大きなのがちょうど紅葉の葉を食っているところを見付けたが、頭をさしのべて高いところの葉を引き曲げ蚕が桑を食うと・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ 罪悪と反対な人間の善行に関する記事もまれには見受けるが、それがひとたび新聞記事となって現われると不思議にその善い事の「中味」が抜けてしまって、妙にいやな気持ちの悪い「輪郭」だけになっている場合がかなり多いように思われる。そういう種類の・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫