・・・ 私は百姓の顔を見直した。短い角刈にした小さい顔と、うすい眉と、一重瞼の三白眼と、蒼黒い皮膚であった。身丈は私より確かに五寸はひくかった。私は、あくまで茶化してしまおうと思った。 ――ウイスキイが呑みたかったのさ。おいしそうだったか・・・ 太宰治 「逆行」
・・・私は、あなたの顔を見直しました。あなたは、私の視線を、片手で、払いのけるようにして、いいから僕に貸しておくれ、けちけちするなよ、とおっしゃって、それから雨宮さんのほうに向って、お互、こんな時には、貧乏は、つらいね、と笑っておっしゃるのでした・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ と見直した。まさに、お見それ申したわけであった。 彼は、その女を知っていた。闇屋、いや、かつぎ屋である。彼はこの女と、ほんの二、三度、闇の物資の取引きをした事があるだけだが、しかし、この女の鴉声と、それから、おどろくべき怪力に依っ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・私は思わず振り向いて、少年の顔を見直した。「それは、誰の事を言っているんだ。」 少年は、不機嫌に顔をしかめて、「僕の事じゃないか。僕は、きのう迄、良家の家庭教師だったんだぜ。低能のひとり娘に代数を教えていたんだ。僕だって、教える・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・なんど見直しても、キラキラ。仰向いたまま、うっとりしていると、自分のからだのほの白さが、わざと見ないのだが、それでも、ぼんやり感じられ、視野のどこかに、ちゃんとはいっている。なお、黙っていると、小さい時の白さと違うように思われて来る。いたた・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・自分の日々説明している物を絶えず新しい目で見直して二日に一度あるいは一月に一度でも何かしら今まで見いださなかった新しいものを見いだす事が必要である。それにはもちろん異常な努力が必要であるが、そういう努力は苦しい。それをしなくても今日には困ら・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・驚いて目をみはってよく見直してもやっぱりこの紫色のかげろいは消失しない。どうしても客観的な色彩としか思われないのであった。 この二つの錯覚の場合は映画の写像の、客観的には不安全な写実能力が、いかに多く観客の頭の中に誘発される連想の補足作・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・故野口英世博士が狂人の脳髄の中からスピロヘータを検出したときにも、二百個のプレパラートを順々に見て行って百九十何番目かで始めてその存在を認め、それから見直してみると、前に素通りした幾つもの標本にもちゃんと同じもののあるのが見つかった。 ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 津田君は先達て催した作画展覧会の目録の序で自白しているように「技巧一点張主義を廃し新なる眼を開いて自然を見直し無技巧無細工の自然描写に還り」たいという考えをもっている人である。作画に対する根本の出発点が既にこういうところにあるとすれば・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・中川一政氏の素朴な静物も今日よく見直してみてもやはり何とも説明し難い実に愉快なすがすがしさをもっている。これらの絵はみんな附焼刃でない本当に自分の中にあるものを真正面に打出したものとしか思われない。これに反して今時の大多数の絵は、最初には自・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
出典:青空文庫