・・・ 蘭袋は甚太夫の脈をとって見るまでもなく、痢病と云う見立てを下した。しかしこの名医の薬を飲むようになってもやはり甚太夫の病は癒らなかった。喜三郎は看病の傍、ひたすら諸々の仏神に甚太夫の快方を祈願した。病人も夜長の枕元に薬を煮る煙を嗅ぎな・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・樹の根、巌の角、この巌山の切崖に、しかるべき室に見立てられる巌穴がありました。石工が入って、鑿で滑にして、狡鼠を防ぐには、何より、石の扉をしめて祭りました。海で拾い上げたのが巳の日だった処から、巳の日様。――しかし弁財天の御縁日だというので・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・――御容子のいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこか媚めかしさが過ぎております。そこは、田舎ものでも、大勢お客様をお見かけ申しておりますから、じきにくろうと衆だと存じましたのでございまして、これが柳橋の蓑吉・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・それでも、まだ我がままで――兄姉たちや、親類が、確な商人、もの堅い勤人と、見立ててくれました縁談を断って、唯今の家へ参りました。 姑が一人、小姑が、出戻と二人、女です――夫に事うる道も、第一、家風だ、と言って、水も私が、郊外の住居ですか・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ としみじみ、早口の女の声も理に落ちまして、いわゆる誠はその色に顕れたのでありますから、唯今怪しい事などは、身の廻り百由旬の内へ寄せ附けないという、見立てに預りました小宮山も、これを信じない訳には行かなくなったのでありまする。「そり・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・山本権兵衛と見立てたのは必ずしも不適評ではない。 が、骨相学や人相術が真理なら、風の似通っている二人は性格の上にもドコかに共通点がありそうなもんだが、事実は性格が全く相反対していた。二葉亭にもし山本伯の性格の一割でもあったら、アンナにヤ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも娑婆のことはそう一から十まで註文通りには填まらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラ病いついて、最初は医者も流行感冒の重いくらいに見立てていたのが、近ごろようよう腎臓病と・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるものには橘屋、あるものには勉強家などの名がついたというのも、見るからにみずみずしい生気を呼吸する草の一もとを頼もうとするからの戯れであった。時には、大・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ とまた弟は姉のために見立てた養生園がさも自分でも気に入ったように言って見せた。「どれ、何の土産をくれるか、一つ拝見せず」 とおげんは新しい菓子折を膝に載せて、蓋を取って見た。病室で楽しめるようにと弟の見立てて来たらしい種々な干・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・父さんは、袖子のために人形までも自分で見立て、同じ丸善の二階にあった独逸出来の人形の中でも自分の気に入ったようなものを求めて、それを袖子にあてがった。ちょうど袖子があの人形のためにいくつかの小さな着物を造って着せたように、父さんはまた袖子の・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
出典:青空文庫