・・・兄弟は鰍の居そうな石の間を見立てまして、胡桃の木のかげに腰を掛けて釣りました。 半日ばかり、この二人の子供が小川の岸で遊んで家の方へ帰って行きますと、丁度お爺さんも木を一ぱい背負って山の方から帰って来たところでした。「釣れましたか。・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・を脱ぎ取って縁側へ並べたり子芋の突起を鼻に見立てて真書き筆でキューピーの顔をかき上げるものもあった。 何か西洋草花の球根だろうと思ったが、なんだかまるで見当がつかなかった。彼はわざわざそれを持って台所で何かしている細君に見せに行ったが、・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・古いストランド雑誌にいろんな動物の色写真をうまくいろいろの人間に見立てたのがあった。ある外国人は日本の相撲の顔を見ると必ず何かの動物を思い出すと言ったが、その人の顔自身がどうも何かの獣に似ているのであった。レヴィンのかいたトルストイの顔など・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・左側の水楼に坐して此方を見る老人のあればきっと中風よとはよき見立てと竹村はやせば皆々笑う。新地の絃歌聞えぬが嬉しくて丸山台まで行けば小蒸汽一艘後より追越して行きぬ。 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・火山はしばしば女神に見立てられる。実際美しい曲線美の変化を見せない火山はないようである。火山そのものの姿が美しいのみならず、それが常に山と山との間の盆地を求めて噴出するために四周の景観に複雑多様な特色を付与する効果をもっているのである。のみ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 前述のように連句中の一句一句をそれぞれの一つの音と見立てる代わりにこれよりはもう少し複雑な見方をすることもできる。元来一つの長句ならば長句の中には、実際いろいろな表象や観念が含まれていて、それらの結合によって一つの複雑な光景なり情緒な・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ エレーンは盾の女を己れと見立てて、跪まずけるをランスロットと思う折さえある。かくあれと念ずる思いの、いつか心の裏を抜け出でて、かくの通りと盾の表にあらわれるのであろう。かくありて後と、あらぬ礎を一度び築ける上には、そら事を重ねて、その・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・既に文芸委員が政府の威力を背景に置いて、個人的ならざるべからざる文芸上の批判を国家的に膨脹して、自己の勢力を張るの具となすならば、政府はまた文芸委員を文芸に関する最終の審判者の如く見立てて、この機関を通して、尤も不愉快なる方法によって、健全・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ 冷遇て冷遇て冷遇抜いている客がすぐ前の楼へ登ッても、他の花魁に見立て替えをされても、冷遇ていれば結局喜ぶべきであるのに、外聞の意地ばかりでなく、真心修羅を焚すのは遊女の常情である。吉里も善吉を冷遇てはいた。しかし、憎むべきところのない・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・いろいろな関係で一生がかわり、無限の喜びと無限の悲しみが隣り合せにあるから、私達が自分の人生を真直ぐ見立てて参ります時に、この人と人との関係、つまり社会の関係において、自分がどのように生きているかということを理解しなければならないと思います・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫