俗に明き盲というものがあります。両の目は一人前にあいていながら、肝心の視神経が役に立たないために何も見る事ができません。またたとい目明きでも、観察力の乏しい人は何を見てもただほんの上面を見るというまでで、何一つ確かな知・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
人間がその周囲の自然界の事物に対する知識経験の基になる材料は、いずれも直接間接に吾人の五感を通じて供給されるものである。生まれつき盲目で視神経の能力を欠いた人間には色という言葉はなんらの意味を持たない、物体の性質から色とい・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・ 母親は今朝はいろいろのまぼろしを見て、私が帰って来て嬉しいと云ったとか、視神経が痛められて何も見えず暗いから燈火をつけろと云いながら声ばかり聞えて姿の見えない母を求めて宙に手さぐったとか涙のにじんだ辛い辛い声で話してきかせた。 耳・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・Bはよく説明してもらいましたが、脳炎などの後、本当に失明してしまうのは、視神経が萎縮してしまうので、眼底をみれば神経の束が眼球に入ってきているところに細い血管が集っていて、それが独特なカーブを書いてそのカーブの深さで視神経が萎縮して低くなっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 私のロシア語は、一瞬にいくつもの文字を視神経で捕え得るほど、まだ発達してはいないのである。私の日本からの道伴れは、彼女の肩をふってビラの前へ戻って行った。「本当に――そうだ」「何処?――大劇場……芸術座じゃあないのね、どうして・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
出典:青空文庫