・・・ と、また脅かすように力強い声でじっと吉田の顔を覗き込んだのだった。吉田は一にも二にも自分が「その病気」に見込まれているのが不愉快ではあったが、「いったいどんな薬です?」 と素直に聞き返してみることにした。するとその女はまたこん・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・そしてなぜこの四五日遊びに来なかったと聞きますから、風邪を引いたといいますと、それは大変だ、もう癒ったかと、私の顔を覗きこんで、まだ顔色がよくない、大事になさいよ修さんが病気になったら私は死んでしまうと言ってじっと私の眼を見るのでございます・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・と言いながら其処を出て勝手の座敷から女中部屋まで覗きこんだ。女中部屋など従来入ったことも無かったのであるが、見ると高窓が二尺ばかり開け放しになってるので、何心なく其処から首をひょいと出すと、直ぐ眼下に隣のお源が居て、お源が我知らず見上た顔と・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・これこそ彼の岩窟ならめと差し覗き見るに、底知れぬ穴一つようぜんとして暗く見ゆ。さてはいよいよこれなりけりと心勇みて、疾く嚮導すべき人を得んと先ず観音堂を索むるに、見渡す限りそれかと覚しきものも見えねばいささか心惑う折から、寒月子は岨道を遥か・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・と独語つところへ、うッそりと来かかる四十ばかりの男、薄汚い衣服、髪垢だらけの頭したるが、裏口から覗きこみながら、異に潰れた声で呼ぶ。「大将、風邪でも引かしッたか。 両手で頬杖しながら匍匐臥にまだ臥たる主人、懶惰にも眼ばかり動かし・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開けてゆくと、次の部長が独房の中を覗きこんで、点検簿と引き合せて、「六十三番」 と呼ぶ。 殿りの看守がそれをガチャン/\閉めて行く。 七時半になると「ごはんの用――意!」と、向う端・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・時々覗きに来る三吉も居る。そこへおげんの三番目の弟に連れられて、しょんぼりと表口から入って来た人がある。この人が十年も他郷で流浪した揚句に、遠く自分の生れた家の方を指して、年をとってから帰って来たおげんの旦那だ。弟は養子の前にも旦那を連れて・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 堀起された岩の間を廻って、先生方はかわるがわる薄暗い穴の中を覗き込んだ。浮き揚った湯の花はあだかも陰気な苔のように周囲の岩に附着して、極く静かに動揺していた。 新浴場の位置は略崖下の平地と定った。荒れるに任せた谷陰には椚林などの生・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・かず枝は、背がひくいから、お客の垣の間から舞台を覗き見するのに大苦心の態であった。田舎くさい小女に見えた。嘉七も、客にもまれながら、ちょいちょい背伸びしては、かず枝のその姿を心細げに追い求めているのだ。舞台よりも、かず枝の姿のほうを多く見て・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・絣の着物の下に純白のフランネルのシャツを着ているのですが、そのシャツが着物の袖口から、一寸ばかり覗き出て、シャツの白さが眼にしみて、いかにも自身が天使のように純潔に思われ、ひとり、うっとり心酔してしまうのでした。修業式のまえの晩、袴と晴着と・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫