・・・ ホップ夫人は最後の言葉とともにふたたび急劇に覚醒したり。我ら十七名の会員はこの問答の真なりしことを上天の神に誓って保証せんとす。(なおまた我らの信頼するホップ夫人に対する報酬はかつて夫人が女優たりし時の日当一六 僕はこ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・学者も思想家も、労働者の先達であり、指導者であるとの誇らしげな無内容な態度から、多少の覚醒はしだしてきて、代弁者にすぎないとの自覚にまでは達しても、なお労働問題の根柢的解決は自分らの手で成就さるべきものだとの覚悟を持っていないではない。労働・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ 今度の戦争の事に対しても、徹底的に最後まで戦うということは、独逸が勝っても、或は敗けても、世界の人心の上にはっきりした覚醒を齎すけれども、それがこの儘済んだら、世界の人心に対して何物をも附与しないであろう。・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・私たち今日の凡ての努力、それは精神運動の上に於ても、また社会運動の上に於ても、少しく心あり、覚醒する者ならば、先ず何物かを形の上に心の上に求めつゝある事は事実であろう。即ち皆んなは新しき世界を新しき生活を求めている。その世界は生れなければな・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・そしてまず注射の用意をした。覚醒昂奮剤のヒロポンを打とうとしたのだ。最近まで新吉は自分で注射をすることは出来なかった。医者にして貰う時も、針は見ないで、顔をそむけていたくらいである。ところが、近頃のように仕事が忙しくて、眠る時間がすくなくな・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・眼をつぶったまま覚醒し、まず波の音が耳にはいり、ああここは、港町の小川君の家だ、ゆうべはずいぶんやっかいをかけたな、というところあたりから後悔がはじまり、身の行末も心細く胸がどきどきして来て、突然、二十年も昔の自分の奇妙にキザな振舞いの一つ・・・ 太宰治 「母」
・・・はっきりしない。まさか、父ではなかろう。浅草でわかれた、あの青年ではなかったかしら。とにかく、霧中の記憶にすぎない。はっきり覚醒して、みると、病院の中である。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」その声が、ふと耳によみがえって来て、ああ、あ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 傍で拝見していた家族のものが、どっと笑い出したので、祖母は覚醒した。それでも、まず、術者の面目は、保ち得たのである。とにかく祖母だけは、術にかかったのだから。でも、あとで真面目な長兄が、おばあさん、本当にかかったのですか、とこっそり心・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・冬眠の状態にある蛙が半年の間に増大させるエントロピーの量は、覚醒期間のそれに比べて著しく少ないに相違ない。 次にエントロピーは一つの系全体にわたる積分として与えらるる性質のものであって、それが指定されても系を組織する各個体の現状は指定さ・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・とにかくこのたびの災害を再びしないようにするためには単に北海道民のみならず日本全国民の覚醒を要するであろう。政府でも火災の軽減を講究する学術的機関を設ける必要のあることは前述のとおりであるが、民衆一般にももう少し火災に関する科学的知識を普及・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
出典:青空文庫