・・・それが長い航海の間に、いつとなく私と懇意になって、帰朝後も互に一週間とは訪問を絶やした事がないくらい、親しい仲になったのです。「三浦の親は何でも下谷あたりの大地主で、彼が仏蘭西へ渡ると同時に、二人とも前後して歿くなったとか云う事でしたか・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
(一しょに大学を出た親しい友だちの一人に、ある夏の午後京浜電車の中で遇 この間、社の用でYへ行った時の話だ。向うで宴会を開いて、僕を招待してくれた事がある。何しろYの事だから、床の間には石版摺りの乃木大将の掛物がかかって・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・こちらから快活に持ちかけて、冗談話か何かで先方の気分をやわらがせるというようなタクトは彼には微塵もなかった。親しい間のものが気まずくなったほど気まずいものはない。彼はほとんど悒鬱といってもいいような不愉快な気持ちに沈んで行った。おまけに二人・・・ 有島武郎 「親子」
・・・もとより親類ではあるし、親しい間柄だからまず酒という事になる。主人の親父とは頃合いの飲み相手だ、薊は二つめにさされた杯を抑え、「時に今日上がったのは、少し願いがあって来たわけじゃから、あんまり酔わねいうちに話してしまうべい。おッ母さん、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・沼南と私とは親しい知り合いでなかったにしろ、沼南夫妻の属するU氏の教会と私とは何の交渉がなかったにしろ、良心が働いたなら神の名を以てする罪の裁きを受ける日にノメノメ恥を包んで私の前へは出て来られないはずであるのを、サモ天地に恥じない公明正大・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ その上に頗る多食家であって、親しい遠慮のない友達が来ると水菓子だの餅菓子だのと三種も四種も山盛りに積んだのを列べて、お客はそっちのけで片端からムシャムシャと間断なしに頬張りながら話をした。殊に蜜柑と樽柿が好物で、見る間に皮や種子を山の・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 旅人は、子供の時分、釣りにいって、疲れた足を引きずりながら帰ったとき、また学校の帰りにけんかをして、先方はおおぜいだったとき、そんなときでさえ、あちらに、親しい松の木が見えると、もう家に着いたような気がして、急に勇気が百倍したことなど・・・ 小川未明 「曠野」
・・・地上に住む人間が、最も親しい土や木や、水のほんとうの色を忘れ、匂いを忘れ、特質を忘れたら、彼等は、もはや何処にも、棲家を持たないといっていゝ。なぜなら、彼等は自然に対する、否、地に対する反逆者であるからです。 言い換えれば、地と人間の親・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・ いったい今度の会は、最初から出版記念とか何とかいった文壇的なものにするということが主意ではなかったので、ほんの彼の親しい友人だけが寄って、とにかくに彼のこのたびの労作に対して祝意を表そうではないかという話からできたものなのだ。それがい・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 彼の視野のなかで消散したり凝聚したりしていた風景は、ある瞬間それが実に親しい風景だったかのように、またある瞬間は全く未知の風景のように見えはじめる。そしてある瞬間が過ぎた。――喬にはもう、どこまでが彼の想念であり、どこからが深夜の町で・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫