・・・仲間と云おうか親分と云おうか、兎に角私が一週間前此処に来てからの知合いである。彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線に・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・「あの津辺の定公ち親分の寺でね。落合の藪の中でさ、大博打ができたんだよ。よせばえいのん金公も仲間になったのさ。それをだれが教えたか嬶に教えたから、嬶がそれ火のようになってあばれこんだとさ」「うん博打場へかえ」「そうよ、嬶のおこる・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ そして、自分は神戸でダンサーをしていたときに尼崎の不良青年と関係が出来て、それが今まで続いているし、その後京都の宮川町でダンス芸者をしていた頃は、北野の博奕打の親分を旦那に持ったことがあり、またその時分抱主や遣手への義理で、日活の俳優・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 弁公親子はある親分について市の埋め立て工事の土方をかせいでいたのである。弁公は堀を埋める組、親父は下水用の土管を埋めるための深いみぞを掘る組。それでこの日は親父はみぞを掘っていると、午後三時ごろ、親父のはね上げた土が、おりしも通りかか・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ この時親分が馬でやってきた。二、三人の棒頭にピストルを渡すと、すぐ逃亡者を追いかけるように言った。「ばかなことをしたもんだ」 誰だろう? すぐつかまる。そしたらまた犬が喜ぶ! 眼下の線路を玩具のような客車が上りになっている・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・次兄は、酒にも強く、親分気質の豪快な心を持っていて、けれども、決して酒に負けず、いつでも長兄の相談相手になって、まじめに物事を処理し、謙遜な人でありました。そうしてひそかに、吉井勇の、「紅燈に行きてふたたび帰らざる人をまことのわれと思ふや。・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・早稲田界隈の親分を思いがけなく迎えて、当然、呑むべきだと思っているらしい気配なのだ。 私は井伏さんの顔を見た。皆に囲まれて籐椅子に坐って、ああ、あのときの井伏さんの不安の表情。私は忘れることが出来ない。それから、どうなったか、私には、正・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 真の正義とは、親分も無し、子分も無し、そうして自身も弱くて、何処かに収容せられてしまう姿に於て認められる。重ね重ね言うようだが、芸術に於ては、親分も子分も、また友人さえ、無いもののように私には思われる。 全部、種明しをして書いてい・・・ 太宰治 「如是我聞」
こちらへ来てから、昔の、小学校時代の友人が、ちょいちょい訪ねて来てくれる。私は小学校時代には、同級生たちの間でいささか勢威を逞しゅうしていたところがあったようで、「何せ昔の親分だから」なんて、笑いながら言う町会議員などもあ・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・黄村のまえではあくまで内気な孝行者に、塾に通う書生のまえでは恐ろしい訳知りに、花柳の巷では即ち団十郎、なにがしのお殿様、なんとか組の親分、そうしてその辺に些少の不自然も嘘もなかった。 そのあくるとしに父の黄村が死んだ。黄村の遺書にはこう・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫