・・・老人や子供達にはケンケンして不親切であったが、清三に金を送りに行った時だけは、何故か為吉にも割合親切だった。 両人は、それぞれ田舎から持って来た手提げ籠を膝の上にのせていた。「そりゃ、下へ置いとけゃえい。」 自動車に乗ると清三は・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・真実におまえは自分勝手ばかり考えていて、他の親切というものは無にしても関わないというのだネ。おおかたわたし達も誰も居なかったら自由自在だっておまえはお悦びだろうが、あんまりそりゃあ気随過ぎるよ。吾家の母様もおまえのことには大層心配をしていら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・よしんばおせんは、彼女が自分で弁解したように、罪の無いものにもせよ――冷やかに放擲して置くような夫よりは、意気地は無くとも親切な若者を悦んだであろう。それを悦ばせるようにしたものは、誰か。そういうことを機会に別れようとして、彼女の去る日をの・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ところだと話しました。じいさんはそれを聞いて、「では私がなって上げましょう。私だからと言って、さきでお悔みになるようなことは決してありません。」と親切に言ってくれました。夫婦は、もう乞食でも何でもかまわないと思って、一しょにお寺へいって・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・大きくって親切らしいまじめな目や、小さくかがやくあいきょうのある子どもの目や、白目の多過ぎるおこったらしい目や、心の中まで見ぬきそうなすきのない目などがありました。またそこに死んでいるむすめをなつかしそうに打ち見やる、大きなやさしい母らしい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・パングリは、大きい親切そうな眼を向けて、スバーの顔をなめるのでした。 スバーは、毎日きッと三度ずつは牛小舎を訪ねました。他の人達は定っていません。其ばかりか、彼女は、いつ何時でも辛いことを聞かされさえすると、時に構わず此物を云わない友達・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・剃ってあげましょう、と親切に言って下さるので、私は又も断り切れず、ええ、お願いします、と頼んでしまうのでした。くたくたになり、よろめいて家へ帰り、ちょっと仕事をしようかな、と呟いて二階へ這い上り、そのまま寝ころんで眠ってしまうのであります。・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・このような要求は研究に熱心な学者としての彼には迷惑なものに相違ないが、彼は格別厭な顔をしないで気永に親切に誰にでも満足を与えているようである。 彼の名声が急に揚がる一方で、彼に対する迫害の火の手も高くなった。ユダヤ人種排斥という日本人に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその企を萌すに由なからしむるほどの遠見と憂国の誠もなく、事後に局面を急転せしむる機智親切もなく、いわば自身で仕立てた不孝の子二十四名を荒れ出すが最後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・僕は生田さんの深切を謝しながら之に答えて、「新聞で攻撃をされたからカッフェーへは行かないという事になると、つまり新聞に降参したのも同じだ。新聞記者に向って頭を下げるのも同じ事だ。僕はいやでもカッフェーに行く。雨が降ろうが鎗が降ろうが出か・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫