・・・そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂を食わせた女です。」――莫迦莫迦しいが、そう云った。主人役がもう年配でね。僕は始から、叔父さんにつれられて、お茶屋へ上ったと云う格だったんだ。 すると、その臂と云うんで、またど・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「しかしあなたはトック君とはやはり親友のひとりだったのでしょう?」「親友? トックはいつも孤独だったのです。……娑婆界を隔つる谷へ、……ただトックは不幸にも、……岩むらはこごしく……」「不幸にも?」「やま水は清く、……あなた・・・ 芥川竜之介 「河童」
恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝をし、夜は十一時の消灯前に、ちゃんと歯・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・ まことは、両側にまだ家のありました頃は、――中に旅籠も交っています――一面識はなくっても、同じ汽車に乗った人たちが、疎にも、それぞれの二階に籠っているらしい、それこそ親友が附添っているように、気丈夫に頼母しかったのであります。もっとも・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・――さて、聞きますれば、――伜の親友、兄弟同様の客じゃから、伜同様に心得る。……半年あまりも留守を守ってさみしく一人で居ることゆえ、嫁女や、そなたも、伜と思うて、つもる話もせいよ、と申して、身じまいをさせて、衣ものまで着かえさせ、寝る時は、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・いちじるしき境遇の相違は、とうていくまなくあい解することはできないにしても、なるべくは解し得るだけ多くあい解して、親友の関係を保っていきたい。 いつかのお手紙にもあった、「君は近ごろ得意に小説を書いてるな、もう歌には飽きがきたのか」とい・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・ 鴎外は睡眠時間の極めて少ない人で、五十年来の親友の賀古翁の咄でも四時間以上寝た事はないそうだ。少年時代からの親交であって度々鴎外の家に泊った事のある某氏の咄でも、イツ寝るのかイツ起きるのか解らなかったそうだ。 鴎外の花園町の家・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・葬儀は遺言だそうで営まなかったが、緑雨の一番古い友達の野崎左文と一番新らしい親友の馬場孤蝶との肝煎で、駒込の菩提所で告別式を行った。緑雨の竹馬の友たる上田博士も緑雨の第一の知己なる坪内博士も参列し、緑雨の最も莫逆を許した幸田露伴が最も悲痛な・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・遠慮のない親友同士の間では人が右といえば必ず左というのが常癖で、結局同じ結論に達した場合「むむ、そうか、それなら同説だ、」といったもんだ。初めから同じ結論に達するのが解っていても故意に反対に立つ事が決して珍らしくなかった。かつこの反対の側か・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 事、キリスト教と学生とにかんすること多し、しかれどもまた多少一般の人生問題を論究せざるにあらず、これけだし余の親友京都便利堂主人がしいてこれを発刊せしゆえなるべし、読者の寛容を待つ。 明治三十年六月二十日東京青山において・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫