・・・ と筵の上を膝で刻んで、嬉しそうに、ニヤニヤして、「初茸なんか、親孝行で、夜遊びはいたしません、指を啣えているだよ。……さあ、お姫様の踊がはじまる。」 と、首を横に掉って手を敲いて、「お姫様も一人ではない。侍女は千人だ。女郎・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・おとよさんがなで親不孝だ、おとよさんは今でも親孝行な人だ、私がそういうばかりではない、世間でもそういってる。私の思うにゃあなたがかえって子に不孝だ」「どこまでも我儘をとおして親のいうことに逆らうやつが親不孝でないだろか」「親のいうこ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ その翌日から、さよ子は二階の欄干に出て、このよい音色に耳を傾けたときには、ああやはりいまごろは、あの青い時計台の下で、あの親孝行の娘らが、ああして、ピアノを鳴らしたり、歌をうたったり、マンドリンを弾いたりして、年老った父親を慰めている・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ままよ、せめてもの親孝行だと、それを柳吉に言い出そうとしたが、痩せたその顔を見ては言えなかった。 が、そんな心配は要らなかった。種吉がかねがね駕籠かき人足に雇われていた葬儀屋で、身内のものだとて無料で葬儀万端を引き受けてくれて、かなり盛・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・を通して読者に種々の事相を示した小説を読んでみますと、その小説の中の柱たり棟たる人物は、あるいは「親孝行」という美徳を人に擬えて現わしたようなものであったり、あるいは「忠義」という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
誰よりも一番親孝行で、一番おとなしくて、何時でも学校のよく出来た健吉がこの世の中で一番恐ろしいことをやったという――だが、どうしても母親には納得がいかなかった。見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・肉親との和解の夢から、さめて夜半、しれもの、ふと親孝行をしたく思う。そのような夜半には、私もまた、菊池寛のところへ手紙を出そうか、サンデー毎日の三千円大衆文芸へ応募しようか、何とぞして芥川賞をもらいたいものだ、などと思いを千々にくだいてみる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・けれども、水野さんと知り合いになってからは、やっぱり、すこし親孝行を怠ってしまいました。 申すも恥かしいことでございます。水野さんは、私より五つも年下の商業学校の生徒なのです。けれども、おゆるし下さい。私には、ほかに仕様がなかったのです・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・せいぜい親孝行するさ。 身を以てボオドレエルの憂鬱を、プルウストのアニュイを浴びて、あらわれるのは少くとも君たちの周囲からではあるまい。(まったくそうだよ。太宰、大いにやれ。あの教授たちは、どだい生意気だよ。まだ手ぬるいくらいだ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・君は、出世しなければいけない男だ。親孝行は、それだけで、生きることの立派な目的になる。人間なんて、そんなにたくさん、あれもこれも、できるものじゃないのだ。しのんで、しのんで、つつましくやってさえ行けば、渡る世間に鬼はない。それは、信じなけれ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫