・・・ 幸福と親御の処へなりまた伯父御叔母御の処へなり、帰るような気になったら、私に辞儀も挨拶もいらねえからさっさと帰りねえ、お前が知ってるという蓬薬橋は、広場を抜けると大きな松の木と柳の木が川ぶちにある、その間から斜向に向うに見えらあ、可い・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・お実家には親御様お両方ともお達者なり、姑御と申すはなし、小姑一人ございますか。旦那様は御存じでもございましょう。そうかといって御気分がお悪いでもなく、何が御不足で、尼になんぞなろうと思し召すのでございますと、お仲さんと二人両方から申しますと・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「羨しい事、まあ、何て、いい眉毛だろう。親御はさぞ、お可愛いだろうねえ。」 乳も白々と、優しさと可懐しさが透通るように視えながら、衣の綾も衣紋の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗になった時、肩に袖をば掛けられて、面を襟に伏せながら、忍び兼・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……いろのことから、怪しからん、横頬を撲ったという細君の、袖のかげに、申しわけのない親御たちのお位牌から頭をかくして、尻も足もわなわなと震えていましたので、弱った方でございます。……必ず、連れて参ります――と代官婆に、誓って約束をなさいまし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは、本人さんは今日も仕事の関係上欠勤するわけにいかず、平常どおり出勤し、社がひけてから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・子を、いつのまにやらだまし込んで手に入れてしまった様子で、私どもも実に驚き、まったく困りましたが、既にもう出来てしまった事ですから泣き寝入りの他は無く、女の子にもあきらめるように言いふくめて、こっそり親御の許にかえしてやりました。大谷さん、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・他に兵事義会から十円……それから大将の屋敷から十円、秋山大尉の親御から五円……何でも一切で百円はござんしたろう。 それから、確か二十三日の日でござえんしたろう、×××大将の若旦那、これはその時分の三本筋でしてね、つまり綾子さんの弟御に当・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・』 親御の二人よりかも、傍の一同が泣いて了いました。 途端にもう汽車は出るのでした。直ぐ出ました。看々うちに遠くなって、後は万歳の声ばかり。 私も悲しかったの若子さんに劣らなかったでしょう。二人とも唯だ夢心地に佇んで居ました。・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・よろこび溢れている親御さんたちの笑顔、誰しもこの少年少女の前途を祝福してやりたい。 今年第十一回目であれば、第一回の日本一たちはもう二十三四歳になっていよう、どんな環境と状態で嘗ての日本一健康児たちは今日を生活しているだろうか。それが知・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・―― 十六日 今度の共産党事件のリーダーであった三人の若い主義者の一人××さんの親御と私はずっと前から知り合いの間柄であった。 国は九州です。こっちへ立って来る前 国へかえったら××さんのお父さんがわざわざ会いに来られて・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫