・・・「……そんなわけで、下肥えのかわりに置いて行かれたけど、その日の日の暮れにはもう、腫物の神さんの石切の下の百姓に預けられたいうさかい、親父も気のせわしい男やったが、こっちもこっちで、八月でお母んのお腹飛びだすぐらいやさかい、気の永い方や・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・なるほどそんな風に考えたのか、火鉢の傍を離れて自分はせっせと復習をしている、母や妹たちのことを悲しく思いだしているところへ、親父は大胡座を掻いて女のお酌で酒を飲みながら猿面なぞと言って女と二人で声を立てて笑う、それが癪に障ったのはむりもない・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・近所の人の話ではその荒物屋の親爺さんというのが非常に吝嗇で、その娘を医者にもかけてやらなければ薬も買ってやらないということであった。そしてただその娘の母親であるさっきのお婆さんだけがその娘の世話をしていて、娘は二階の一と間に寝たきり、その親・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ ですが親父が帰って来て案じるといけませんから、あまり遠くへは出られませぬ。と光代は浮足。なに、お部屋からそこらはどこもかしこも見通しです。それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・その薄い光で一ツの寝床に寝ている弁公の親父の頭がおぼろに見える。 文公の黙っているのを見て、「いつものばばアの宿へなんで行かねえ?」「文なしだ。」「三晩や四晩借りたってなんだ。」「ウンと借りができて、もう行けねえんだ。」・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・それが結婚のことで帰っていてもそうなのである。親爺の還暦の「お祝い」のことで帰っていてもそうなのである。嚊を貰って、嚊の親もとへ行っていると、スパイは、その門の中へまでのこ/\はいって来る。金儲けと財産だけしか頭にない嚊の親や、兄弟が、どん・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・この金八が若い時の事で、親父にも仕込まれ、自分も心の励みの功を積んだので、大分に眼が利いて来て、自分ではもう内ないない、仲間の者にもヒケは取らない、立派な一人前の男になったつもりでいる。実際また何から何までに渡って、随分に目も届けば気も働い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・と、そろそろ何か言いだしそうであったから、自分はすぐ、「あの豆腐屋の親爺さんは、どういう気であんなに髯を生やしているんでしょう。長い髯ですね」と言って、話の芽を枯らしてしまった。 それ以来小母さんたちがちょっとでも藤さんの事を言いだ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・実は、私はこんな薄汚い親爺になり下がっていながら、たいていの女と平気で話が出来ないたちなんです。まさか私は、その話相手の女に、惚れるの惚れられるの、そんな馬鹿な事は考えませんが、どうも何だか心にこだわりが出て来るのです。窮屈なんです。どうし・・・ 太宰治 「嘘」
・・・新聞の漫画を見ていると、野良のむすこが親爺の金を誤魔化しておいて、これがレラチヴィティだなどと済ましているのがある。こうなってはさすがのアインシュタインも苦い顔をしている事であろう。 我邦ではまだそれほどでもないが、それでも彼の名前は理・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫