・・・ 観世縒に火を点じて、その火の消えないうちに、命じられたものの名を言って隣の人に手渡す、あの遊戯をはじめた。ちっとも役に立たないもの。はい。「片方割れた下駄。」「歩かない馬。」「破れた三味線。」「写らない写真機。」「・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ 往時、劇場の作者部屋にあっては、始めて狂言作者の事務を見習わんとするものあれば、古参の作者は書抜の書き方を教ゆるに先だって、まず見習をして観世捻をよらしめた。拍子木の打方を教うるが如きはその後のことである。わたしはこれを陋習となして嘲・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・母自身は娘時代、生田流の琴と観世の謡とをやって育ったのであった。 九つになった秋、父がロンドンからかえって来た。その頃のロンドンの中流家庭のありようと日本のそれとの相異はどれほど劇しかったことだろう。父は総領娘のために子供用のヴァイオリ・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
出典:青空文庫