・・・かく芸を離れて当人になってくるのは角力か役者に多い。作物になるとさほどでもないようにも見える。 これほどまでに芸術とか文芸とかいうものは personal である。personal であるから自己に重きを置く。自己がなくなったら per・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・いわば、自分で独り角力を取っていたので、実際毀誉褒貶以外に超然として、唯だ或る点に目を着けて苦労をしていたのである。というのは、文学に対する尊敬の念が強かったので、例えばツルゲーネフが其の作をする時の心持は、非常に神聖なものであるから、これ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・葭簀ばりの入口に、台があって、角力の出方のように派手なたっつけ袴、大紋つきの男が、サーいらっしゃい! いらっしゃい! 当方は名代の三段がえし、旅順口はステッセル将軍と乃木大将と会見の場、サア只今! 只今! せり上り活人形大喝采一の谷はふたば・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・直線的なしかも十分ふくらみのあるつよい芸と調和して生かされているので、友代が、あれだけの真情を流露させる力をもたなかったら、おそらくあの芝居全体が、ひどくこしらえもののようにあらわれ、久作の存在も独り角力に終ったろう。友代の方言がうまいとい・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・家を侮辱した事だとか何とか云って居ると、二番目の角力の様な体をした弟が、「僕行って云ってやりましょうねお母様。 実にけしからん。と頭を振ったり何かしていきりたつので、笑ってすんでしまいはしたけれ共、あんなじゃあきっと銀行・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・智謀にも長け、情に篤く、大胆な決断力をも蔵していたであろうが、例えばバルチック艦隊全滅の勝利にしろ戦争は独り角力でない以上、対手かたの条件との相対的な関係というものが大きい作用をしている。 あの時分のロシアは、ヨーロッパの眠れる熊と呼ば・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・市内のデパートで百円以上の反物が飾窓に出されて数時間のうちに売れてしまうということ、角力と芝居と花柳界の繁昌は未曾有であるが、歌舞伎座で来週は何がかかるかと訊く観客が出現しているということ。然し現代風俗として見るとき、これらの現象はこれだけ・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・ 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。角力で言えば、貧乏神の席である。 Vis-ウィザ ウィイス の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫