・・・泰さんは何が何やら、まるで煙に捲かれた体で、しばらくはただ呆気にとられていましたが、とにかく、言伝てを頼まれた体なので、「よろしい。確かに頼まれました。」と云ったきり、よくよく狼狽したのでしょう。麦藁帽子もぶら下げたまま、いきなり外へ飛び出・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ちょうど汀の銀の蘆を、一むら肩でさらりと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカン・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・――恋人でもあったら言伝を頼まれようかね。」「いやだ、知りましねえよ、そんげなこと。」「ああ、自動車屋さん、御苦労です。ところで、料金だが、間違はあるまいね。」「はい。」 と恭しく帽を脱いだ、近頃は地方の方が夏帽になるのが早・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・私がその風に遇うか何うか分らないが、遇ったら言伝をいたしましょう。」と言って、その風も何処へとなく、去ってしまいました。 海は、灰色に静かに眠っていました。そして、雪は風と戦って、砕けたり飛んだりしていました。 こうしてじっとしてい・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・もしもし、じゃ、杉山さんにお言伝けを……。あ、もしもし、話し中……。えっ? 電熱器を百台……? えっ? 何ですって? 梅田新道の事務所へ届けてくれ? もしもし、放送局へ掛けてるんですよ、こちらは……。えっ? 莫迦野郎? 何っ? 何が莫迦野郎・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・別れた頃の苦しさは次第次第に忘れたが、ゆかしさはやはり太郎坊や次郎坊の言伝をして戯れていたその時とちっとも変らず心に浮ぶ。気に入らなかったことは皆忘れても、いいところは一つ残らず思い出す、未練とは悟りながらも思い出す、どうしても忘れきってし・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 言語を慎みて多くす可らずとは、寡黙を守れとの意味ならん。諺に言葉多きは科少なしと言い、西洋にも空樽を叩けば声高しとの語あり。愚者の多言固より厭う可し。況して婦人は静にして奥ゆ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・王さまのお言伝ではあなた様のお手入れしだいで、この珠はどんなにでも立派になると申します。どうかお納めをねがいます」 ホモイは笑って言いました。 「ひばりさん、僕はこんなものいりませんよ。持って行ってください。たいへんきれいなもんです・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「そう、わしは先刻伯爵からご言伝になった医者ですがね。」「それは失礼いたしました。椅子もございませんがまあどうぞこちらへ。そして私共は立派になれましょうか。」「なりますね。まあ三服でちょっとさっきのむすめぐらいというところ。しか・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 翌々日かなりしっかりした手蹟で安着の知らせと行く先の在所と両親の言伝を書いたさきの手紙がとどいた。 それを千世子はいつもになく引出しにしまったりした。何となし足りないものが有る様に千世子は毎日少しばかりずつ書いたりして暮して居た。・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
出典:青空文庫